第10話 モフモフの名前

「警戒!槍構え!!あの狼を止めるぞ!って……あれ?アーリア?」


 アーリアが街の入り口まで戻ってくると、門番の衛兵に槍を構えられてしまう。

 ただいま、と白銀のモフモフの上からアーリアが顔を出して事情を説明する。


 従魔じゅうまとして契約、登録するまでは街に入れない事を説明されると横で話を聞いていた銀狼がアーリアに鼻先をくっつけてフスフスとアピールを始めた。


「契約してくれるの?ずっと一緒にいることになるけどいいの?」


 アーリアが銀狼に問うと銀狼は頷いた。アーリアはもう言葉が通じている事を疑ってはいなかった。

 名前は何にしようか、銀狼の首筋を撫でながらふと神話に出てくる大きな神狼の名前が思い浮かんだ。


「ファリス……。神話に出てくる大きな神狼の名前。森と夜の神様。どうかな?」


 銀狼の毛並みが金色に輝き、従魔契約がなされたことが直感的に分かる。


 何となく銀狼がファリスという名前を気に入って喜んでいることが分かるようになっていた。体の深い部分で何かが繋がっているような感覚があった。

 同時に銀狼の存在感が増した。衛兵がたじろいでいる。


「従魔契約はできたみたい。登録に行くから中に入るわね」


 目の前で一部始終を見ていた衛兵は、仮登録の目印に通行許可証を作成し、首輪に付けてアーリアに渡した。


「今日、明日中に登録を済ませてくれ。明日までに登録できない場合は許可の延長が必要だ。その場合銀貨五枚が必要になるから気をつけてくれよ。まあ、今晩のことを考えるなら今日中にしておいた方がいいな。用が済んだら首輪は詰所に持ってきて返してくれ」


 今夜のスタンピードでアーリアが仮に死亡した場合、登録前の従魔は討伐対象になってしまう。

 確かに今のうちに登録しておいた方が良さそうだ、アーリアは衛兵に礼を告げて冒険者ギルドへと向かった。


「ファリス、早くギルドに行ってそのダサい許可証を外して可愛い首輪か何かにしようね」


 横に連れ立ちフサフサと背中の毛を撫でながら話しかけるとファリスも嬉しそうに身をり寄せてくる。本当に可愛い。


 ギルドで登録だけ済ませたらクラリスに見せに行かないといけないな、アーリアはそう思っていた。


 クラリスは可愛いものに目がない。フサフサ、モフモフは大好物である。こんな従魔を見せずにいたら後で何を言われるか分からない。


 ギルドに着くと冒険者たちの不躾な視線にさらされる。


「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへようこそなのです」


 ざわつく室内にギルドの制服に身を包んだ案内人の女性の明るい声が響く。

 ギルド職員は大抵のことでは動じない。アーリアの記憶する限りでは取り乱していることすら見た覚えがなかった。


 彼女の名前はマリエル。少しかわった話し方をするハーフエルフである。

 笹耳ささみみでは無いので見た目では分からないが、年老いたとある冒険者が若かりし頃から見た目が変わらないと言っているのを立ち聞きして知った。


 大体いつもカウンターの中にいるのでいつ休んでいるのかと心配になる。


「従魔登録をしたいんだけど」


 そう伝えるとギルド職員はファリスの首のタグを確認してから、かしこまりましたのです。奥のカウンターへどうぞと案内をする。


「可愛いし、随分と人に慣れていますね。頭も良さそうなのです。従魔登録は初めてなのです?」


「初めても何も、なつかれたのはついさっきのことよ。森で傷を負って倒れていたのよ。お腹も大きいし手負いなのに敵意も見せないからポーションかけて手当てしたら付いてきちゃって。従魔契約と名付けも南門で止められてからしたところよ」


「え?じゃあ南門に着くまでは従魔契約無しで連れてきたのです?危険なのです!」


 そう言うとギルド職員はファリスの方を振り返ってその顔を見たのち、いや、そうでも無さそうなのですとつぶやいた。

 この銀狼と比べれば近所の大型の番犬の方が余程危険に見える。


 とても野生とは思えない知性を感じさせている銀狼にでてみたい衝動に駆られるが、ギルド職員の矜持きょうじにかけて衝動に押し流されるわけにはいかないと思いとどまる。


「撫でてみます?大人しいですよ?」


 アーリアにそう促されるもマリエルは丁重に辞退した。今確かに理性に亀裂が入る音を聞いた。

 しかしギルド職員のプライドにかけて欲望に負けるわけにはいかない、そう思って自らの右手がファリスの首下を撫でていることに気が付いてあわてふためく。


 ファリスが気持ちよさそうに目を細めて頭を擦り寄せてきたことで理性は完全に敗北を見せた。


「あああああぁあああ!可愛いのです!可愛い!可愛い!可愛い!可愛い!なにこれ!フワフワ!モフモフ!ああああああああ!」


 ひとしきりファリスをモフった後、マリエルが我にかえり周りを見渡すと屈強な冒険者たちが危ないものを見るような目で、遠巻きに自分を見ていることに気が付いた。


 初めて見るギルド職員の理性を失った姿に困惑気味の表情を浮かべる冒険者たち。


 スキンヘッドの、あるいはモヒカンの、あるいはビッシリとタトゥーの入った男たちが引き気味にマリエルを見ている。


「こほん、お待たせしたのです。カウンターでお名前の登録をするのです。一応テイマーの審査があるので書類が書けたらそのまま奥の扉へ向かうのです」


 無理矢理体裁ていさいを整えたギルド職員はアーリアにそう話すとカウンターの奥へそそくさと消えて行った。

 カウンターで用意された羊皮紙ようひしを受け取り、アーリアが書類の記載事項を埋めている間、どこからともなく集まってきた女性冒険者達が、皆一様にうっとりとした表情でファリスをモフモフと撫で回していた。


 書類を提出しテイマー審査を終え、従魔登録が終わると、名残惜しそうな女性冒険者たちを尻目にファリスを連れてギルドを後にする。


「すごい人気ね、ファリス。一撫で銀貨一枚取ったら私より稼ぐんじゃない?」


 アーリアがそう言うとファリスは少し嫌そうな顔をした。従魔契約が結ばれてからパスが通ったとでも言うのだろうか。感覚的にファリスの考えていることが判るようになっていた。


「ね、私の友達にあなたを会わせたいんだけどどうかな。クラリスっていうの。きっと仲良くなれると思うんだ」


 アーリアはそう告げながらファリスを連れてクラリスのもとへ向かう。街を防衛している間、クラリスにファリスを任せる気だった。

 身重のファリスと一晩一緒に居てもらおうと、そう考えていた。

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