第9話 銀のモフモフ

 アーリアは地竜の火酒亭を出て、弓士隊の兵舎に向かう。

 矢の出来の確認を入念に行い、いつもより弓のつるの手入れに気を使いながら、作戦上の自分をイメージしていく。


 いつも通りなら自分の持ち場は森の中、魔物の襲来しゅうらいを気配を消して待ち、確認でき次第、信号矢を打ち上げ、風向きが良ければ毒を含んだ煙幕えんまくいて前線を守る歩兵大隊の後方へ下がる。


 後は通用門から市街へ戻り、外壁へ上がる。あらかじめ外壁の上に配置されている魔術士部隊と合流し、前線への援護射撃と前線をすり抜けてきた魔物を壁際で掃討する。


 作戦の概要はイメージできたが、アーリアはぬぐえない強烈な悪い予感のような物を感じていた。


 森に下見に出ておいた方がいいかもしれない。悪い予感はよく当たる、森に暮らす狩人は危機の察知に優れている。


 危険を感じて気分が落ち着かない時は、落ち着くまで準備をやめるな。狩人である父はいつもそう言っていた。


 森へ行こう、アーリアは身支度を整えて森へ向かう。前線となるべき平野を抜けて森へと到着する。


 いつもはキノコを採りにくる町人や魔物の討伐を請け負った冒険者などがいるが、今日は閑散かんさんとしている。


 いくつかの木に目印を付けていく。射線の取りやすい木、罠を仕掛けやすい場所。一通り当たりをつけていく。


 作戦上で踏み入る一番奥にまできて、アーリアはふと変わった気配を感じて足を止めた。


 何かがいる、かなり強い気配だが不思議と危険な印象は受けなかった。木陰から様子をうかがうと銀色に輝く毛並みの大型の狼が力なく寝そべっていた。


 アーリアは刹那、綺麗な銀色の毛並みがクラリスみたいだなと考えて獣に向き直る。


 腹部に赤黒くシミができており、浅い呼吸を繰り返しているところからどうやら怪我をしているようだ。


 こちらに気付いているようだが敵意は感じない。

 生きることを諦めているようにも見えるな、そう思いながら少し近付いてみることにする。


 アーリアはポーションを革ベルトから外すと、片手に持って狼に近付いていく。

 手が届く範囲まで来ると狼が頭をもたげてアーリアを見る。


「少し大人しくしていてね。きっと助かるわ」


 そう言うと傷口にポーションをかけていく。


 狼は言葉を理解しているかのようにされるがままに身を預け、傷口にみて痛みを感じているはずなのに敵意を持つわけでもなく大人しく耐えていた。


「きみは言葉を分かっているのかな?」


 アーリアがそう声をかけると、銀狼はくぅんと返事をするように短く鳴いた。

 本当に言葉を理解しているのかもしれない。ポーションをかけた傷口は塞がりかけている。


 撫でても大丈夫かしら、手を伸ばして頭を撫でながら他に傷がないかを確認していくとお腹が大きいことに気が付いた。

「きみ、お腹に赤ちゃんがいるの?!」


 そう声をかけると、そうだと言わんばかりにこくりと頷き、傷の治ったお腹を舐めて毛並みを整えている。


 やっぱり言葉を理解している、普通の狼じゃないのかもしれない。

 そもそも、こんな銀色の毛並みで人間より大きい狼など見たこともなかった。

 何より狼の毛並みはもっとゴワゴワしているはずなのだ。


 今、手の平に感じる滑らかな毛の感触は明らかに狼のそれではない。フワフワもふもふである。

 だめだ、これは人を駄目にする毛並みだ、離れがたくなりそうだと思い、取り敢えず傷口が完治したことを確認してアーリアはその場を後にしようとする。


 狼も森の奥へ帰るだろうと思っていると、狼はアーリアについてこようとしていた。


「ついてきちゃダメだよ。森へお帰り。街には入れないでしょう?」


 そう言いながら離れようとしても、一歩下がれば一歩ついてくる。そしてまた、くぅんと可愛い声で鳴きながらアーリアを見つめて頭を擦り寄せてくる。


「分かった、分かったわ。連れて行くから。わたしの負けだよ」


 アーリアは可愛いものに弱い。モフモフしたものは正義であると割と真剣にそう思っている、そしてそのモフモフが向こうから擦り寄ってくるのだ。

 銀色のモフモフは根負けしたアーリアを見て短く、おん!と鳴く。


「絶対言葉分かってるよね?」


 そう言うと再び短く、おん!と鳴いた。そして頭を下げて服従する姿勢を見せ、あたかも背中に乗れと体勢を低くする。


「乗せてくれるの?」


 そう聞くと狼は変わらず返事をした。背中に乗り、行き先を伝えると銀狼は走り出す。


 名前を付けて従えていることを登録しなければならないな。そんな事を考えながら街への帰路を行く。

 アーリアの意識の大部分を占めていた不安は既に去り、滑らかな毛並みと温かさに代わっていた。

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