第7話 クラリスは私の嫁

「あーちゃん!何があったの?!大丈夫なの?!」


 ブリーフィングが終わった後、アーリアは地竜の火酒亭に戻ってきていた。

 アーリアを見付けるなり心配そうにけ寄ってくるクラリスの可愛さに、同性ながら胸が高鳴る。

 何か大変な事になってるわ、とクラリスに言いながら席につく。


「まずご飯。で、それから説明するわね」


 そう言うと先程と同じものを注文する。

 するとクラリスがあーちゃんのは兵舎に持って行こうと思って取ってあるよ、持ってくるね。と笑いながら厨房へと消えていく。


 ああ……、やしなうから嫁に来て欲しい……。そう思いながら後ろ姿を見送るとアーリアは今晩起こるであろうことを整理する。

 そして、料理を持ってくるクラリスを見て決意を新たにした。


 壁の内側には一匹たりとも通さない。


 運ばれてきた料理に手をつけながら、アーリアは今晩から起こる事を順を追って説明していく。

 市街地には戒厳令かいげんれいかれること。南の森から迫る脅威きょういについて。自分の役割、クラリスの兄であるロランの役割。その他わかる範囲で起こり得る危険について。


 その中でアーリアは一つだけ嘘をつく。心配する必要はない、みんなが無事に戻れる危難きなんであると。

 田舎から出てきたアーリアにとって、クラリスは王都で出来た初めての友達である。

 両親から離れ、兵士としての訓練を受けながら辛い日々を乗り越えてこられたのはクラリスあってのことであると思っている。

 田舎に残してきた両親と弟と同じかそれ以上にクラリスを家族のように思っている。

 クラリスも同様にアーリアをしたっており、気が付くとあーちゃんと呼ばれるようになっていた。

 最初は嬉しくも気恥きはずかしかったアーリアだが、何度も呼ばれるうちに慣れて嬉しさだけが残った。

 姉のような、しかしながら妹のようなクラリスが大好きだった。

 明るくて、快活かいかつで、心配性で寂しがり屋で、強くて弱くて、色んなクラリスが大好きで。クラリスの声はいつも心地良かった。


 ずっと聞いていたくなる。


 酒場に吟遊詩人がくると竪琴に合わせてその優しい声で歌うことがある。また聴きたいな。アーリアはそう思った。

 生きて帰ってくれば酒場はにぎわうだろう。ならきっとクラリスの歌を楽しめる。

 ご飯を食べたら明日の予定を決めよう。明日の約束をして、生きて帰って約束を守る。


「クラリス」


「ん?」


「明日、私に似合う可愛い服を選んでくれない?私なんかに似合う服があるなら、だけど」


「いいの!?やった!選ぶ!選ぶよ、あーちゃん!」


 そう言った直後に、あっ…と少し傷付いたような表情を見せてクラリスは固まった。

 クラリスはいつもアーリアに可愛い服を着せたがった。アーリアがいつも自分には似合わないからとそでにしてきたのに、アーリアの方からお願いしてくるなどクラリスには信じられなかった。


 だからこそクラリスは気が付いてしまった。

 明日が来ないほど今日を乗り越えるのが難しいのではないかと。

 ほんの刹那せつなくもった表情は誰にも見られないうちに胸の奥に仕舞しまい込み、絶対だよ?約束だよ?と明るく何度もアーリアに確認する。


「あーちゃん」


「ん?」


「明日、絶対に生きて私のところに帰ってきて。約束よ」


 そう言われてアーリアは心底思った。

 この子本当に嫁に来てくれないかな、と。

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