第5話 白銀の騎士

「失礼します。モリアス一等指揮兵です」


「入れ」


 ブリーフィングを終えて、執務室しつむしつに戻るとドアの向こうから聞き慣れた声が聞こえた。


 妹に好意を持っている部下である。

 モリアス一等指揮兵は、徴用ちょうようされ兵役へいえき満了後自ら志願して隊に残った農家の次男坊である。戦局を見ることができる為、様々な場面でロランは彼に救われてきた。


 敵の遊撃兵ゆうげきへいに奇襲を受けた際、最前線に居たはずのモリアスが奇襲を察知し敵部隊の背後から現れ、挟撃きょうげきする形で負傷者ふしょうしゃを全く出すことなく戦局を乗り切り、また魔物の討伐時とうばつじにあってもこまかく兵士たちに指示を出しながら魔物を討伐隊本隊までたくみに誘導し、無傷で討伐、捕獲を終えたことも少なくはない。

 一言で表現すれば有能なのである。


 そう、だからこそ警戒しなければならない。

 妹に好意を抱いている点を見逃すわけにはいかないのである。クラリスはまだ子供だ。そんな不純なお付き合いを兄として認めるわけにはいかない。


 そう考えながらロランは油断無くモリアスを一瞥いちべつするそんなロランの視線にモリアスは、ちょっとした不安をいだく。

 このような顔をしている時、大抵碌たいていろくでも無いことを考えていることをモリアスは経験上よく知っていた。

 それらの苦い経験を差し引いても、その功績から尊敬の念は絶えないが一抹いちまつの不安を消し去ることは出来なかった。


 ちなみにロランが常勝不敗と呼ばれて無事でいられるのはこの優秀な部下のおかげであると、ロラン本人が考えていることをモリアスは知らない。憧れている当人からその力量を高く評価され、感謝されていることを知らずにいる。

「どうした」


 既に白銀の全身鎧に身を包み、いつでも戦闘が可能な状態でロランが短く問うと、モリアスが少し表情をゆるめて問いかけてくる。

「それほどまでに状況が悪いのかと思いまして」


 いつもながら勘が鋭い。

 いや、洞察どうさつというべきか、ロランがそう考えているとモリアスが続ける。


「心配なのは、数が多いこと。そして種類が豊富であることですか?」


「それもある」

「も?他にも何か……」

 普通のスタンピードではないのか。侵攻が南からだけではないとか、何らかの悪条件があるのだろうか。そうモリアスが考えを巡らせているとロランが口を開いた。


統率者とうそつしゃがいる」

 ドクンとモリアスの心臓が脈打つ。


「ゴブリンリーダーやオークリーダーが?」

 モリアスがそう聞くとロランが続けた。


「複数体が確認されている。暴走する魔物のうち、知性を持つ種族の大半が統率された動きで暴走しているそうだ」


 最悪だな、とモリアスは状況を整理する。

 スタンピードは基本的に暴走であるため、知性の有無にかかわらず文字通り一直線に駆け抜けるものだ。

 なので、進路を逸らして街から遠ざけるのが最も被害が少ない。そうではない統率された暴走をスタンピードと呼んでいいものかな。

 そう悩むモリアスの考えを見透かしたかのようにロランが口を開く。


「なので、これはただのスタンピードではない。魔物による侵略のようなもので、おそらく方向を逸らしてやり過ごす等の方法が使えない。さらに統率された群れは通常の二倍から三倍の力を発揮すると考えられる。さらに、魔物の数は約七千だ」


 魔物の基礎能力は人間よりはるかに高い。

 戦闘の訓練を受けていない一般人が野生の犬にも勝てないように、筋力や敏捷性びんしょうせいの基礎能力に大きな差がある。

 また、質量一つを取ってみても、八メートルを超えるムカデが突っ込んでくれば体重差で吹き飛ぶのは、通常人間の方である。


 戦力をカウントする気にもなれないが、折角せっかく首の上には物を考えられる器官がついているのでモリアスは考えを巡らせる。

 魔物一体に二人の兵士で引分け。これで必要な数は一万四千人。

 統率された魔物の強さが三倍で四万二千人。

 現在王都に駐在する全兵力が6万人。

 近隣諸侯きんりんしょこうから応援が得られれば3万人は追加できるが、恐らく間に合わない。


 絶望感が心を塗り潰していく。

 平野で正面からぶつかれば、進行を食い止めることしかできない。

 あとは消耗戦となり、後の展開や政治次第で王国は滅ぶ。そんな未来が頭をよぎる。


「まずいですね」


 モリアスがそう呟くと、ロランもため息をついた。

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