第4話 ブリーフィング

 王都には8つの兵舎がある。東西南北に一つずつ。その間ごとに一つずつ。

 モリアスは南の兵舎の一角、訓練場として使われている広場で次の指示を待っていた。


 少し離れた場所には先程顔を合わせたアーリアの姿も見えている。南の兵舎一号棟の人員は既に全員が揃っているようだった。


 今回召集がかかったのは一号棟のおよそ三千人、三個大隊にあたる。


 鐘の音は三種類であったので、他の兵舎二棟分、おそらく六個大隊が別途召集されている。

 戦時下でも無い現在にあっては明らかに異常事態である。


 不意に壇上に人影が浮かび上がり、魔法によって拡声された男性の声が響いた。


「マリスタニア王国師団総長のマシュー・ガーランドである。突然の召集に驚いている事と思う」


 突然の師団長の登場に兵士達がざわめく。

 師団総長など、軍の幹部は滅多に人前に姿を現さない。


「現在、王国南側九個大隊に召集がかかり、およそ九千名の兵士諸君に集まってもらっている。諸君らもある程度は異常事態である事を予想しているだろう。現在、我々が置かれている状況から説明を行う。不明点や聞き逃した点などは後ほど大隊長から再度説明を受けて欲しい」


 モリアスは16歳の時に成人の儀を終えてすぐに、徴兵によって兵士となった。


 二年が経って徴用が終わるとそのまま志願兵として隊に残り、さらに二年を経て現在では一般兵ではあるものの指揮兵と呼ばれる立場となった。


 兵士となって四年、訓練ではない緊急召集は初めてのことである。南の森の魔物の間引きや、隣国との戦でも緊急召集などかかった事はなかった。


 そう考えていると師団総長から南の森で魔物のスタンピードが起こった事が告げられた。


 スタンピードとは魔物が大量に発生し、集団暴走を起こす事を指している。単なる大量発生との違いは、様々な魔物たちが種族を超えて押し寄せる点にある。


 単一の魔物が大量発生した場合、その魔物の弱みを用意すれば対処が簡単だが、スタンピードの場合、様々な種類の魔物が存在するため対策が非常に立てにくい。


「……と私からは以上である。諸君らの働きに期待する」


 師団総長の話が終わり、大隊長によるブリーフィングが始まる。

 魔物たちは王都からおよそ半日の距離まで迫っており、王都への到着は深夜となる見込みであるとの事だった。


 深夜の森での戦闘を避ける為、王都南門と森の間にある平野部分に槍兵を展開し魔物を食い止め、後方から弓と魔法による攻撃を行い殲滅するという作戦だった。大隊長は少し焦っているように見える。


 大隊長は酒場の給仕、クラリスの兄である。

 いつも冷静で思慮しりょ深く知性に満ち、武勇にも優れた挙句、端正たんせいな顔に高身長と、神の寵愛ちょうあいを全力で詰め込んだかのような美丈夫ハンサムである。

 彼が歩くと宮中の女官が仕事の手を止めてうっとりと見惚みとれる光景が見られるが、同時に歯軋はぎしりの聞こえそうな男性陣からの嫉妬しっとの視線にさらされる様も見られる。


 当人はそういった視線に無頓着むとんちゃくで、かつ好意を明らかにする女官に興味を示すこともないことから男色なのではないかと噂されることも多いが、モリアスは知っている。


 彼は妹とその周りの環境にしか興味がないだけなのだ。つまり、重度のシスコンなのである。


 まずは、大隊長の顔色でも見に行くかな。モリアスは、そう考えながらブリーフィングの終わりを待った。


 話すべき事は沢山あるが、まずは焦りの原因について聞かなければならない。彼が冷静さを欠くということは、彼の妹に危機が迫っているということになる。


 それはすなわち、九個大隊をもってしても守りきれない脅威が存在することを示していた。

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