第2話 勇者逃亡

「さあ、テレポートするのではやく手を掴んでください!」


元、仲間だ。元。どうせこいつも嘲笑いに来たのだろうか。


「ほっといてくれ!どうせまた俺を嘲笑うつもりだ、何故助ける!?」


俺はレベルも強さも全てを奪われたが、唯一奪われなかったものがある。ジョブ。「勇者」だ。だがそれを不思議に思ったこの国のクズどもが俺を拷問してなんとかしてジョブも盗もうとしていたんだ。それが、俺がずっと生かされている理由だ。なければ、とっくの昔に殺されていた。ジョブも盗まれていればこんな酷い目に遭わず楽に死ねたのに。味方などいない。この世界は…地獄だ。きっと彼女、マーガレットも俺を嘲笑いに



「私があなたのことが好きだから。それ以外に理由なんて、ありません」

「な…」



「困っている人がいたら助ける…これはあなたの教えです」


俺は…


「私は、あなたに救われました。今度は、私が助ける」


俺は…彼女に差し伸べられた手を取ることにした。勇者に、己の希望を託すことにしたのだ。


「よくぞ選んでくれました」


彼女は満足気な表情をして転移呪文を詠唱し始めた。


「いたぞ!あそこだ!」

「追え!逃すんじゃぁないぞ!」


城の兵士たちが俺たちに向かって詰め寄ってくる。だが、もう遅い。


「テレポート!」


これは、BAD ENDで終わった物語。その先の話である。




ここは…ジャングル?の中の村か。


「やーーーっとまた会うことができました。ここまで助け出すのが遅れてしまって、ごめんなさい」


「いや、別にいいよ」


正直、まだ夢見心地である。ただ…夢はいつかは覚めるものだがこれは覚める気がしない。終わらない夢を見ている。自分のことのはずなのに、何もやる気が出ない…


「ユキヤ様がずっとぼんやりしてる…あの人たち、ユキヤ様にこの1年でどんな酷いことを…!」


マーガレットが珍しく憤慨している。確か…俺の記憶上だと、これほど怒っているときはなかったな。


「ユキヤ様も随分やつれてしまって…あそこでは何を食べさせられていたんですか?」

「塩と水とカビが生えかかったパン」


それを聞いた彼女は今まで見たこともないくらい怒ってた。その後、彼女が作った夜ご飯を食べ宿屋に入って寝た。



翌朝。

「このお金で銭湯に……一人は危険だし私が心配です、この近くに温泉があります。そこにいきましょう。着替えはこちらで用意しておきますね」


流石にこれは徹底介護されてないか?やはり何かに利用されているのか?

そう思いながらも声に出すようなことはしなかった。いや、する気力がない。


風呂から適当に出た俺はまた街へと連れ出されて今は食事をさせられている。どこか勝手に逃亡するなんてことはしないから、手を繋いでくるのはやめてほしい。助け出してくれた恩人だからまだいいのだが…手を繋がれると国の木偶人形だったあの時を思い出してしまう。


「どうですか?美味しいですか?」


メニューの文字すらぼやけて読めなかったので適当に頼んだパスタを食べてるんだが、味が全くしない。店のミスか?


「味がしなくてなんかよくわからない」


それを聞いた瞬間彼女が殺気のオーラを出した気がするが、そのターゲットは俺ではないのだろう。なら、いいか。俺は気にせず食べることにした。



「いいですか、ユキヤ様。今、私たちは命の危機にあります」


「へぇ」


別に死んでも…まあ…うん。



「あの国、カサバルトは超大国。勇者が逃げ出したと聞いたら何がなんでも私たちを探し出して殺すでしょう」


「まあまず勇者を監禁してたと伝われば国の権威はガタ落ちだろうな」


自分で言うのもなんだが、魔王を倒した勇者の末路がこれなのだからな。


「そうです。ですからこれからの方針なのですが……聞いてます?」


「ちょうちょかわいいなーって」


今、俺は自然のありがたみを感じている。汚い人間たちも、これを見習えばいいのになぁ。ん?膝から崩れ落ちる音が聞こえた気がする。


「ま、まずは…ユキヤ様の精神を安定させることが先決かもしれません…」


だいぶ疲れた顔をしているが、何があったのだろうか?


「ま、まあとにかく…結論から言うとしばらくは逃亡せざるを得ない状況ですね」


「いきなり正体をバラして暴露したらダメなのか?」


「急にまともに…現段階だとすぐ揉み消されてしまうでしょうね。少なくともまだ使うべきでない手札であることは確かです。今やるべきことは…」


マーガレットはコホンと咳払いをした。


「自衛用にもユキヤ様のレベル上げをしておくべきですね」


ちなみに、あの後山小屋で一生を暮らすという案も出された。俺はそれに賛成したのだが、すぐにその案は取り消されてしまった。なぜ?



「既に剣と鎧は用意してあります。これとこれですね」


この1年で彼女は随分変わった気がする。前までは攻撃魔法オンリーだったのに今では回復魔法や補助魔法なども普通に使ってるのだ。攻撃魔法、とくに炎魔法に関しては精度も威力も凄まじいし、変貌ぶりがすごい。


変貌ぶりがすごいのは俺の方もなのだが。


「まさかバブルにまで苦戦するようになるとは…」


レベルやステータスん奪われ、1年間拘束されまともに体を動かせれなかったのだ。おまけに視界も何もかもぼやけてるし、戦える状況ではない気がする。


「支援魔法かけておきます!ユキヤ様なら行けるはずです!」


俺がかなり無理をしているとも知らずのんきにそんな…………いや、気づいているのか。だがここで甘えさせたら俺のためにならないと思ってあえて手を出していないんだ。正直、さっきまでの介護ぶりとは全く違って驚きを隠せない。


「ぐ!」

「キュ!」


ようやく俺の剣がまともに当たり、飛び回るバブルを倒すことができた。俺のレベルは…2に上がってるようだ。レベルの感触も久しい。レベルが上がると脳内にメッセージが直接流れてくるのだ。


「まあ、ステータスとかはないけど」


表示されるのはレベルだけ。ステータスオープン!とか言っても虚無感しか残らない。



「ユキヤ様、よく頑張りました。…今日はこんなものでいいでしょう。無理のさせすぎはよくありません」


流石にそれは甘えさせすぎだと思って動こうとしたが前のめりに倒れてしまった。嘘だろ、バブル1体倒しただけだぞ。


結局、一歩も動けなかったので俺はお姫様抱っこされながら帰ることになってしまった。マーガレットは温かい目をしながら微笑んでくれてるが、周りからの冷たい目がキツいんだ。早く、降ろしてくれ…

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