第33話 更なる悲劇———、

「生きて……いたんですか……?」

「ええ、赤ちゃん・・・・も……」


 その子を見た瞬間、私の目からボロッと涙が零れ落ちました。

 彼女は、ロコナさんは裸の赤ん坊を抱えていたのです。


「でも、どうやって? あの巨人たちが出るときに瓦礫に押しつぶされてしまったとばかり……」

「運が良かったのよ。運よく瓦礫の隙間に……この子も……」


 ———おぎゃあ、おぎゃあ!


「ああ、よしよしよし……」


 泣き始めた赤ん坊をロコナさんは腕を揺らして何とかあやそうとします。


「私、私てっきりその子がさっき死んだとばかり……」


 先ほど飛散った肉片……あれがてっきりロコナさんの赤ん坊だと思っていましたが、それはどうやら私の勘違いだったようです。あの研究室にはロコナさんの赤ん坊の他には山のように実験生物のカプセルが封じ込められ、その中の一つが飛散った……そういう事なのでしょう……。

 何にせよ……、


「良かった……」


 本当に、良かった……。

 胸がギュッと締め付けられる感じがし、ボロボロと零れる涙が足元に落ちます。


「ありがとう、ノアちゃん……」

「何でお礼を……グスッ、お礼を言いたいのは、こっちです……生きていてくれて……」


 ありがとう……!


「ねぇ、ノアちゃん」

「はい?」

「ノアちゃんがアレに乗っているの?」


 ふと、ロコナさんがゼオンを見上げていることに気が付きます。


「は、はい」

「そう、あれで私たちを守ってくれていたのね?」

「…………」


 一昔の前の私でしたら、自分に自信がなくて「いいえ……」と気弱な否定の言葉を発していたかもしれません。

 ですが、今の私は、


「はい!」


 あれは、あの力は、此処にいる全ての人を守れる力です!


「そう!」


 ロコナさんが微笑みます。


『おい! 何やってんだ! 言凪ノア! のんびりしていないでさっさと戦え!』


 ズシンと音を立てて、トワイライトプットが私たちのすぐ近くに着地します。 

 その手に持つビームマシンガンを打ち放ち、周囲のBGバイオジャイアントに風穴をあけながら私にゼオンに乗るように言います。


「はい!」


 私はゼオンに向かって走ると、ゼオンの胸の中心のコアが私に応えるかのように煌々と輝き、光が私を包みます。

 そのまま———私はゼオンの中に入り、


「おかえり」


 リンさんが微笑んで出迎えてくれます。


「はい……リンさん」

「ん?」

「私、戦います……ここにいる人たちを守ってみせます!」

「うん……!」


 私は、ゼオンの歩を進め、暴れ回る裸の巨人たちへ突撃しました。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼」


 拳を握りしめ、狼の巨人を、爬虫類の巨人を、女性の姿をした巨人を殴り抜き、噴き出る炎で燃やし尽くしていきました。

 殺しつくしていきました。


「ああああああああああああああああああああああああああああああ‼」


 この方たちにも、命はあります。

 ですが、巨大な悪意によって歪められた。歪められてしまった命です。

 もう人を殺すことにしか機能しない。

 そんな悲しい命なら……ここで……!


「あああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」


 殴って、殴って、殴って、殴りぬいて。

 焼いて、焼いて、焼いて、焼き尽くして……。

 トワイライトプットで射撃し、共にBGバイオジャイアントをあらかた殺しつくした時です。


「これで……全滅だな……」

「は、はい……ハァ……ハァ……」


 たくさんの黒焦げの巨人の柱が、大滑穴にでき、不気味に立っています。

 それら全てを私が作ったと思うと、吐き気が……、


 ———キシャアアオウ……。


「————ッ!」


 その声を聴いた瞬間、ハッとしました。

 特徴的な、あの鳴き声————!


「まさか————⁉」


 私が最初に倒した敵———フランケンシュタインタイプのBGバイオジャイアントが……人型の黒焦げの柱と化していた彼の表面の焦げがポロポロと剥がれ落ち、中の薄い橙色した肌が露出してきます。

 やがて黒ずんだ焦げが完全にその身体から剥がれ落ち、


 ————キシャアアアアアアオウッッッ‼


 再びフランケンシュタインは動き出しました。

 威嚇するように顔を突き出し吠え、震え、ターゲットを定めた肉食獣のように私に向かって、ゼオンに向かってきます。


「こいつ不死身か⁉」


 ババババッ! とアギさんが駆るトワイライトプットのビームマシンガンが火を噴きますが、乱射される球はフランケンシュタインの肉体を貫いてもすぐにその損傷個所が再生され———、


「———グッ!」


 フランケンシュタインにゼオンは組みつかれます。

 両手を広げ、掴みかかろうとするフランケンシュタインの、その手を掴み、足を踏ん張り腰を入れ、何とか押し倒されまいと踏ん張ります。


「グ……ウゥ……どうすれば……!」 


 ギリギリと組み合わさるゼオンの掌とフランケンシュタインの掌が鳴り、徐々にその二つの手が私の方向へと押されはじめています。

 パワー負けしているのです。


「クソッ! どけ! 言凪ノア!」


 後ろからアギさんの声が聞こえます……「どけ?」

 どけ、とはどういう……。

 意味をくみ取ろうと後ろを振り返ると、ゴオッとトワイライトプットの背面ジェットスラスターが音を立て、私に、ゼオンに向かって接近しているところでした。


「きゃっ⁉」


 その風圧で大地がビリビリと揺れるほどの速度で近づいてこられたものですから私は本能的な恐怖を感じ、反射的に身をよじります。

 するとゼオンも私の動きに呼応し、フランケンシュタインから手を離し右に身を転がすと———、


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ‼」


 風を震わせ、トワイライトプットがフランケンシュタインに突撃し、そのまま加速———。

 大地の上を滑るように飛び、そのまま真っすぐ大滑穴の中心部まで辿り着き、


「落ちろぉ————————————————————————————————‼」


 アギさんはトワイライトプットの脚部ブースターを吹かして機体を大きくのけぞらせました。

 そして空中で一回転をする軌道を描くと、フランケンシュタインの身体を離す……その瞬間にも器用にも一発蹴りを入れ、更に距離を取りました。


 ————キシャ……!


 フランケンシュタインの身体は下へ、下へと落ちていきます。

 そこにあるのは……三年前の儀式の失敗によってつくられた、地下に空間を削り取りながらゼオンが落ちて行ったことによりできた、地殻の隙間を流れていたマグマが溜まった輝く池。


 ————シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……‼


 フランケンシュタインの巨体が落下の水音と身を焼くジュウという音と共に煙を上げて沈んでいきます。


「どんなに再生する細胞だって言っても、マグマに叩きこまれりゃどうしようもないだろ!」


 フランケンシュタインの身体はどんどんマグマに沈み、こちらの伸ばす手もどんどんと沈み、やがてその姿が完全に消えます。


「言凪ノア‼ マグマだ! 大滑穴のマグマにBGバイオジャイアントを投げこめ! そうすれば死ぬ!」

「わ、わかりました!」


 先ほど倒したフランケンシュタイン以外のBGバイオジャイアントたちも、どんどん表面を覆う黒炭がはがれ、再生した肌が表出していっています。

 もぞもぞと動き、今にもこちらに向かって襲い掛かってきそうな巨人たち。


「……ごめんなさい」


 私は抵抗がありましたが、彼らが再び動き出せば更なる被害が出る。作業員の人たちが犠牲になってしまうと復活しかけている一体をマグマだまりの中に放り込もうとしました。

 その時です。


「いや……⁉ 待て! 言凪ノア!」


 アギさんに止められます。 

 何かが起きたのかと思い、下のマグマだまりを見るとグツグツグツグツと異常に水面に気泡が現れては弾け、活発な活動をしているように見えます。


「まさか……!」


 そしてドンドンとそのマグマだまりの水位が上がってきていました。

「噴火ですか⁉」

 このタイミングで……⁉ 

 いや、この大滑穴は火山でも何でもない地下深くのマグマまで到達するほどの深さを持っているだけのただの穴。そんな現象は起きないはずなのに……。


「火星樹細胞だ!」


 アギさんがトワイライトプットをロボットの状態から円盤の飛行形態に変形させながら言います。


「野郎なんてものを作りやがる! マグマにぶち込んでも再生する細胞を作るなんてよォ!」


 そして、アギさんのトワイライトプットは私の元へと近づいてきます。


「乗れ!」


 ゼオンの足元に来ると静止し、円盤状の機体の上に乗るように言ってきます。


「どういうことですか⁉ 何が起きているんですか⁉」

「さっきぶち込んだBGバイオジャイアントが再生してんだ! だけどマグマの高熱でドロドロに全身が溶かされ、広範囲に広がっている! そして最悪なことに水にコーヒーが解けるみたいに火星樹細胞がマグマ全体に広がって、再生と焼却を繰り返して暴走。どんどんマグマが自己を破壊して再生を繰り返し始め————要は増殖してるってことだ!」

「増殖って……」

「どんどんマグマがせり上がって来る! もうすぐここまで来る‼ だから逃げるんだよ! 早く乗れ!」


 せり上がって来る……ここまで?

 私は後ろを振り返ります。

 キバさん、ロコナさん、ロコナさんの赤ちゃん……そして、大滑穴に連れてこられた作業員とボルカ帝国の兵士たち……。


「あの人たちはどうなるんです?」

「あ⁉」

「ここに、大滑穴だいかっけつに元々人たちは⁉ マグマがここまでやって来るんでしょう⁉」


 下を確認すると、アギさんの言葉どおりじわじわとマグマの水位が上がってきていました。

 このままだと、確実にここに辿り着く……!


「……仕方がないだろう!」

「え……?」


 苦虫をかみつぶしたような声……。


大滑穴だいかっけつの奴らは見捨てる! そうするしかないだろう!」


 ここにいる人たちを見捨てる……キバさんも、ロコナさんも、皆……?


「時間がない!」

「……………ッ!」


 確かにマグマは加速していました。

 ものすごい勢いでドンドンと……ここまで……!

 足元のキバさん、ロコナさんを見下ろします。

 心配そうに私を見上げている瞳……。

 あの人たちだけなら、何とか……。


 ————ぎゃー、ぎゃー、ぎゃー!


「…………ッ!」


 遠くから悲鳴が聞こえます。

 大滑穴だいかっけつの管理棟近くでは、まだマグマがせり上がっているとも知らず、復活したBGバイオジャイアントから逃げ惑っているミュータントの作業員やボルカ帝国の兵士の姿が……。


「言凪ノア! 早くいくぞ!」


 あの人たちにも、家族はいます。

 それに———、


「生きたいのなら、生きたいですよね……」

「はぁ⁉」

「アギさん。私……やり、ます……!」

 私はせり上がっているマグマに向かい、歩を進めました。

「おい! 言凪ノア! 何をするつもりだ⁉」

「マグマを止めます! あの中に入って……どうにか……!」

「ハァ⁉ そんなことできると思ってんのか⁉ やめろ! いくらゼオンでも、お前が創世の巫女だって言っても、死んじまうかもしれないんだぞ!」

「でも、私はこの世界を救う創世の巫女なんでしょう⁉ 古代火星の神秘の力をもつ巨人、ゼオンなんでしょう⁉ なら、この状況で人を救う力ぐらい……奇跡ぐらい起こせるはずです!」

「そんなもの都合よく起きるか! 何でそんなことをしたがる! ここにいる奴らを助けたいからか⁉ そんなことしなくていいだろう! ここにいる奴らは元々お前とは他人だろう! お前は空中都市でのうのうと暮らしているだけのただの学生だったはずだ! 地上ではこんな地獄はざらに起きている! それを今更一つ救ったところで何になる! いいから行くぞ!」

「…………」

「こいつらを見捨てろ‼ そう言っているんだ!」

「できません」

「あぁ⁉」


 ロコナさんの赤ちゃんが死んだと思った時、あんなに悲しかった。

 ロコナさんが赤ちゃんと一緒に生きていたと知った時、あんなに嬉しかった。


「こんなことが同じように世界のどこかで起きているからなんて、命を見捨てる言い訳にはなりません。命を一つでも救えることができるのなら、やるべきなんです!」


 私は、走りました。


「とまれ! 言凪ノア!」


 アギさんの制止も聞かずに、大滑穴だいかっけつの底からせり上がるマグマに向けて一直線に———、


「綺麗ごとを言うな! 英雄にでもなるつもりか!」


 マグマが、迫ります。


 ゼオンの、私の眼前にまで———、


「綺麗ごとでも……それができるのなら、そっちのほうがいいじゃないですか!」


 だってみんな、本当は綺麗なことの方が好きでしょう?


 ドプン……………!


 ゼオンの巨体は、増え続けるマグマの中に……飲み込まれました。

 そして———私の全身を————、


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ‼‼‼」


 ————焼けるような痛みが襲いました。

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