第32話 烈炎爆破

 ガン、ガン、ガン……。


 私はフランケンシュタインのような巨人に殴られ続けていました。


「ノア。どうしたの、ノア。反撃しないの?」

「…………」


 私は、もう何をする気も起きませんでした。

 こんな場所に来てしまって、ロコナさんの赤ちゃんも守れず……どうせ、今頑張ったところでこの巨人にも勝てっこない。

 だって、この巨人は体の一部を破壊したとしてもすぐに再生してしまうのだから。


「どうしてこんなことになっちゃったんだろう……」


 私はただ、普通の家族で毎日平穏な日々を送りたかっただけだったのに。

 こんな場所に来てしまったばっかりに……。


「ノア、どうして立たないの? 敵が強くて打ちのめされた?」


 ゼオンのコアの中にいるリンさんが、隣にいる彼女が心配そうに聞いてきます。


「それとも、あの赤ちゃんを守れなかったショックで動きたくなくなった?」

「————ッ!」


 そう、なのかもしれません。

 多分、今私の胸の中に渦巻いている感情は諦めです。

 自分はどうせ何をやっても無駄なのだと、どんなに間違っていると言っても無駄なのだと。

 どんなに言っても、この世界は残酷だし、ロコナさんに対して非情な扱いをこの大滑穴だいかっけつの人々は改める気などない。

 私がどんなに頑張ったところで……それどころか、状況は悪くなる。

 巨人たちが暴れ回って、人々を殺しまわっている。

 私が、こんな場所に来たから。


「でも、あなたが何もしなくても、ここは地獄のままだった」

「————ッ!」


 リンさんがはっきりと言いました。


 バシュッ!


 その瞬間、フランケンシュタインの頭部が吹き飛びました。


「言凪ノア! 何をやってる! 早く立って戦え!」


 外から声が聴こえます。 

 アギさんです。

 縛られているのか、手を後ろにやってこっちに叫んでいます。

 その前に彼の愛機であるトワイライトプットが弓を構えていますが……アギさんは外にいます。誰か別の人が操縦しているのか。それでもトワイライトプットは動き、フランケンシュタインに対して次々と光りの矢を打ち込んでいました。

 光の矢はフランケンシュタインの身体を貫通し、全身に穴を作りますがそれは一時的なこと。すぐに傷口からの自己再生が始まり、何事もなかったかのように傷を修復してしまいます。


 ———キシャアアアオウ‼


 フランケンシュタインが吠えます。

 アギさんへ向けて。


「言凪ノア! 戦え! 立って戦え!」


 そして、フランケンシュタインはズンズンと歩を進めて後ろに手を拘束されているアギさんへと向かいます。


「やべ……! 遠隔操縦だと俺が無防備になるっていうのに。ちょっと調子に乗りすぎたか……?」


 彼の頬に汗が垂れているのが見えました。


「アギさん!」

「ノア、あなたが行動したことで、確かにあの赤ん坊は亡くなったのかもしれない。だけど、行動しなくてもいずれ死ぬ運命だったよ。こんな場所にいるんだもの」


 リンさんが私に必死に語り掛けます。


「救えなかった命はある。あなたが行動することでまた何か失うかもしれないだけど! ここで何もしないままだったら、何も変わらない!」

「…………」

「ノア! 立ち向かって戦って! 過去も未来も変えることはできないけれど、〝今〟は変えることができるでしょう⁉」


 私は————、


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」


 ゼオンを操り、フランケンシュタインの腰にしがみつきます。

 そして————、


「ああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼」


 そのまま、フランケンシュタインの身体を後ろに投げます。

 バックドロップ、というプロレス技です。


 ———ボキリ。


 頭を固い地面にめり込ませたフランケンシュタインの首は九十度、妙な方向へと曲っていました。


「あ……」


 首の骨を折ってしまった……。


「わた……そんなつもりじゃ……ごめんなさ……」

「ノア。謝らなくていい。あいつに既に心はない。あれはただの戦う人形なんだから。それに……」


 わなわなと手をふるわせ、ゼオンをフランケンシュタインの元から離していくと横のリンさんがフォローのような言葉をかけてくれます。

 ですが、私はそこまで割り切れず……。


「でも、ひとつの命を、殺して、わざとじゃなかったのに……!」


 自分の言葉でハッとします。

 あのフランケンシュタインも、わざと殺したわけじゃなかった……。

 でも殺してしまった……。


「だから、ノア。心配しなくていい」

「でも!」

「あいつは死んでない」

「え……」


 フランケンシュタインは既に起き上がり、首がグニャンと私が追った方向と逆方向に曲がったかと思うと、激しく左右に動き、やがて真っすぐの状態で静止しました。

 そして、フランケンシュタインの目が湾曲します。

 笑った……のです。


「再生した……」

「ゼオンの細胞をあんなことに使うから、こんな化物ができる」

「ゼオンの細胞……?」 


 リンさんがギリギリと悔し気に奥歯を鳴らしたかと思ったら私を見、


「ノア。怒りなさい」

「怒る?」

「烈火のゼオンはあなたの憤怒に応える怒りのゼオン。あなたの心の底からの怒りを爆裂的な炎に変える」

「私の怒りを……」


 私は、私は、リンさんに言われるがままに前のフランケンシュタインを睨みつけ、ロコナさんの赤ちゃんが殺されてしまった光景を思い浮かべました。 

 生まれて間もなく、命を絶たれてしまったあの子を……。


「……はああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」


 あのフランケンシュタインはわざとやったわけではないのかもしれません。

 あのフランケンシュタインに既に彼自身の意志はないのかもしれません。

 でも、あのフランケンシュタインは確かに、嗤いました。

 この命が奪い取られるだけの、巨人たちが人を食らう空間に成っている場所で確かに笑ったのです。

 命は———弄んでいいものではないのに。


「ああああああああああああああああああ……‼」


 体が、熱い。

 全身から炎が吹き上がるような、そんな感覚に襲われます。

 いいえ、感覚だけではないのでしょう。

 ゼオンは今、炎に包まれているはずです。

 何故ならば、私の視界に広がる光景は炎に包まれていたからです。

 ゼオンが、私自身が炎に包まれている証明でもありました。


「そう、それこそが今のあなたの力、烈火のゼオンの力———」


 私は、リンさんの声を聴きながらフランケンシュタインへと駆けていきます。

 そして、フランケンシュタインが繰り出す拳を左腕でガードし、逆側の腕を思いっきり後ろに引き絞り、


烈炎爆破れつえんばっぱァ‼」


 心に浮かび上がった技をそのまま口にしました。

 拳をそのままフランケンシュタインの顔面に叩きつけると、業炎がゼオンの手よりはなたれ、フランケンシュタインを炎の柱が包みます。


 —————————ィィィィィィアアオオウ……ッ!


 断末魔の叫び声。

 フランケンシュタインの全身は焼却されては再生が始まり、まるで燃え盛ることに抗うかのように黒焦げの肌を綺麗な肌が上から覆おうとしますが、その再生初めの肌もゼオンが生み出す炎熱に負け、黒焦げと化していきます。


「……ごめんなさい。本当はあなたも、殺したくはなかった」


 やがて真っ黒な人型の炭となった巨人は、ずしんと音を立てて倒れます。


「次を……!」 


 倒さなければ。

 まだここには理性を失くし、兵器と化した巨人たちがいます。

 彼らを倒さなければ、大滑穴だいかっけつの作業員の被害者は増えていく……だから嫌だけれども、このゼオンの力で倒さなければ、と踵を返します。


「おい! 言凪ノア! どっか行く前にちょっと待て!」


 声が聞こえ、足元にアギさんがいることに気が付きました。


「俺の拘束を解いてくれ! 後ろ手を縛られたままだと流石にトワイライトプットに乗れねぇ!」

「あ、は、はい!」


 流石のアギさんでも手を後ろにやった状態のままでは、巨人が跋扈するこの空間に居続けるのは危険です。 

 だから、縄を解こうと……そう思った瞬間でした。 

 グワッとゼオンのコアに映るアギさんの姿が拡大し、いつの間にかすぐ目の前に彼の顔がありました。


「え⁉」


 外に出ていたのです。 

 振り返ってふと見上げれば、私が中に居なくてもしっかりと二本の足で立ち、佇んでいる巨人ゼオンの姿がそこにはありました。


「念じるだけで外に出るなんて……」

「便利でいいな。そんな感慨にふけっていないで。さっさと拘束を解いてくれ! 言凪ノア!」

「あ、は、はい!」


 アギさんに急かされ、彼の後ろに回り、近くにあった尖った石で拘束されている縄を斬ります。


「よし! これでトワイライトプットに乗れる! トワイライト!」


 自分の機体を呼ぶとオレンジ色したロボットがアギさんの前にひざまずき手を伸ばします。


「私も」


 戻らないと。

 アギさんがトワイライトプットの胸部にあるコックピットに入っていくのを確認しつつ、ゼオンへと歩を進めようとした時です。


「ノアちゃん!」


 呼び止められました。 

 振り返ります。


「キバ……さん?」


 そこに立っていたのは狼のミュータント、キバさん……と、


「あ、あぁ……!」


 もう一人……いえ、二人……いました。


「ろこな……さん……」

「ノア……ちゃん……」


 私は、彼女の姿を見た瞬間、膝から崩れ落ちそうになりました。

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