第29話 烈火のゼオン
「おい、どうしてノアが帰ってこない? さっき指令室に連れていかれたと聞いたが本当なのか?」
第四作業場。
言凪ノアが割り当てられた大滑穴の作業場で、キバと名乗る狼のミュータントは看守である兵士にノアの行方について尋ねていた。
「黙れ、No.1058。そんなことをお前ごときが知ってもどうにもならんだろう!」
バキッと銃の底の部分、銃床で兵士から顎を撃たれてキバは尻餅をつく。
「くっ!」
キバは嫌な予感がしていた。
もしかしたらガイウスの気まぐれで部屋に呼ばれているのではないか、と。
ガイウスは獣だ。おおかたの人間の理性を取り除いた生命としての本能でのみ動いているような哀れな存在。食べたいときに食べ、殴りたい時に人を殴る。女も犯したい時に犯す。そうやって妊娠して子供を宿してしまった女を何人も見た。
今回もその気まぐれがおきたのではないかと思い、キバはなんとしてでもノアを助けたいと兵士に食らいつく。
「なぁ、あの子はまだ子供なんだ。あんたら本当にこれでいいと、」
しつこく兵士にまた抗議をしようとした。その瞬間だった。
ド—―————ッ!
大きな爆音が鳴り、指令室がある管理棟が吹き飛んだ。
大滑穴の斜面に鉄の柱を打ち込み、四階建ての四角いビルを壁に張り付かせたような施設。それがガイウスが大滑穴の作業員たちを監視するために作った施設———管理棟だ。
その一番北側にある部屋がガイウスがいる指令室なのだが、そこの壁が突然吹き飛び———、
「光が—————⁉」
パアッと輝きが漏れ出した。
あまりにも強い光でキバは思わず手で目を覆ったが、やがて光は形を成して収束していく。
20メートルほどの全長がある、巨人に———。
「なんだ………あの赤い巨人は……⁉」
真紅の鎧に燃え盛る炎を背中から翼のように吹きだす。頭に光輪を所持した機械とはまた質感が違う、石造のような巨人。
今の戦争で使われているAI兵器、
「あ……あぁあぁぁ……!」
驚き茫然とするのはキバたちを含めた大滑穴の作業員たち。
一方で震え恐慌状態に陥るのはこの空間で看守を務めていたボルカ帝国の兵士たちだった。
「か、構えろ‼ 撃て! 撃て!」
一人の兵士が命令を大声で叫ぶと、巨人をみている兵士全員が一斉に武器を構えた。
『———動かないでください!』
巨人から、声がした。
「しゃ、喋……⁉」
管理棟のすぐ下にある足場に両足を付けた真紅の巨人が、喋った。
巨人はその地面を踵でぐり、と突き刺し、体をぐるりと回転させ、こちら側を向いた。
古代ギリシア芸術の女神像のような貌が向けられる。
『私は……これから、あなたたちに要求をします……!』
たどたどしい少女の声が、巨人から響いてくるが、口を動かして喋っているわけではない。それどころか通常の音ですらない。まるで頭の中に直接話しかけてくるような。テレパシーのような、そんな不思議な音だった。
『兵士の皆さんは直ちにこの大滑穴から出て行ってください。そして二度とこの大滑穴には近寄らないでください!』
「何だと⁉」
兵士の一人が、巨人の言葉を挑発ととらえたのか、銃口を向ける。
『作業員の人たちを解放してください! これは命令です! この命令が聞けないときは……!』
巨人がずいと右手を伸ばす。
『この人の身体を握りつぶします!』
その手にはガイウスが握られていた。
●
ゼオンが動いた……! 今度こそ……!
巨人の体内で私はそう興奮しつつも、口を動かし、今やるべきことを、要求するべきことを足元にいる兵士たちに告げます。
「これは脅しではありません! いますぐここを出て行って、ここにいる何の罪もない作業員の人たちを解放してください! ボルカ……帝国の兵士の皆さん!」
ここは地獄。この大滑穴は地獄でした。
私はそれをどうにかしたい。キバさんやロコナさんをこの地獄から解放したい。
その一心でゼオンを呼びました。
それに、この巨人は答えてくれた。
チラリと視線を横に走らせます。
指令室のある管理棟という施設の窓のガラスに映る、巨人ゼオンの姿。
「赤い……前のゼオンと全然違います……」
以前に見た姿と全く違う姿がそこに映し出されていました。
赤い、血のように真っ赤な装甲を纏った巨人。背中に生えていた白鳥のような翼も今は吹き上がる炎が翼のように形作っているだけ。
「———烈火のゼオン」
気が付くと、隣にリンさんがいました。
「あなたの憤怒に応える怒りの炎を纏った巨人。それが烈火のゼオン。ゼオンは常にあなたの本当の望みに応える……」
微笑を浮かべ、私を見つめています。
「さぁ、ノア。あなたはどうしたい?」
決まっています。
「……兵士の皆さん! いますぐここから出て行って、何の罪もない作業員の人たちを解放してください! でないとこの人の身体を潰します!」
ここにいる人たちを助ける。できることはそれだけです。
「ハハハハハ‼ ハハハハハハ‼ そんな要求通ると思っているのか⁉」
手の中にいるガイウスが大笑いを始め、私はイラっとしながらも彼を睨みつけます。
「通ります。通してみせます」
「いいや通らないね。まさか貴様がゼオンを出せるとは驚きだが、彼らは兵士だ。テロリストの要求をのむことはない。それにお嬢ちゃん。お前は俺を殺すと脅しているが、そんなことできるのかな? ただの学生だったお嬢ちゃんが?」
「でき、ます……やってみせます……」
全身が緊張し、汗が流れてきました。
「いいやできないね。お嬢ちゃんに人殺しなんかできっこない。そんな覚悟、あんたはもっちゃいないさ。この意気地なしめ!」
「…………うっ!」
そんなもの、持っているわけがないじゃないですか!
誰だって死にたくないし、誰だって人を殺したいわけがないんですよ!
「お嬢ちゃん。そんなんじゃあ、肝心な時に仕損じるし、大切なものも失ってしまうぞ?」
ガイウスは余裕の笑みを浮かべながら、もぞもぞとゼオンの腕の中で
「動かないでください!」
「動かせてもらうよ! どうせお前にゃ俺を潰せやしないんだ!」
ガイウスは私の言葉に全く構わずに右腕を振り上げました。
その手には何かが握られています。
「何です……その、ボタン……?」
手に握られていたのは小さな機械端末でした。中央にボタンが一つついているだけの簡単なもの。
「起動装置さ」
「起動装置?」
「この施設で俺が作った俺の命令だけを利く最高の
「バイオジャイアント……?」
その名前は何処か聞き覚えがありました。
「それってあの研究室の奥にいる……?」
「そうだ! このボタンを押せば、そいつらが大挙して貴様を捕えに来る! 奴らには俺の脳波とシンクロするようにできている。俺が思った通りに動くデカい肉の奴隷だ!」
「やめてください! そんなのが動いてしまったら、研究室で休んでいるロコナさんは! その赤ちゃんは!」
あの奥にいたカプセルの人たちが動く。そしてここまでくる。
その道中で、安全に、巨人たちがカプセルを避けて来るとはとても思えなかったからです。
「なら俺を潰せよ」
「………………」
「できないだろう?」
ポチ……!
「やめ……ッ!」
ドッと管理棟の三階のある部屋が突如爆発しました。
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