第27話 生まれる命とその後は、
———おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ。
研究室についてから怒涛でした。
研究室にはドクと呼ばれる七十歳ぐらいのおじいちゃんが一人だけいて、その人の協力で私は、〝お産〟というものを初めて体験しました。
女の人のタオルを噛ませ、精一杯励ましながら、産湯を用意し、ドクが赤ちゃんを取り上げる作業を見つめていました。
女の人の股の間から赤ちゃんが出て来る様をまじまじと。
私は、私はようやくお父さんお母さんから嘘を付かれていたのだと気が付きます。
優しい嘘を付かれていたのだと気が付きました。
「人は———こうやって生まれてくるんですね……」
いろいろな動物のパーツがおさめられたラカプセルが置かれた棚。書類が無造作に広げ、積み上げられた机。
確かに病室とも呼べないドクの研究室で私は座っていました。
隣には女の人……子供を産んだ母親の、ロコナさんが。
「そうだよ。知らなかったのかい?」
優しく目を細めて生まれたばかりの赤ん坊を枕元に抱き、ベッドで休んでいました。
今、研究室には私とロコナさんの二人きり。
部屋の主であるドクは報告があると言って部屋の外に出て行きました。
「私はずっと思い合う男女が二人屋根の下にいればコウノトリさんが運んできてくれるものだって思っていました」
「アハハ、典型的な嘘を教え込まされてるね。あんたは、大切に育てられていたんだね」
「でも、嘘でした」
「優しい嘘さ。子供っていうのはね。愛がなくても生まれるんだよ」
薄々……そうなんじゃないかと思っていましたが改めて言葉にされると悲しい気持ちになります。
「セックス。交尾。そういう行為をしたら子供はできる。それだけさ。そこに愛なんて必要はない。男が無理やりやることだってある。ここじゃあそっちの方が普通だけどね」
「……………」
「この子もそうさ」
「————ッ!」
「名前を知らない第四作業場に従事している炭鉱夫の男との間に無理やりつくらされて子供だ。互いに嫌がったのに無理やり薬で興奮させられて、抱き合わされて。それなのに妊娠したことを考慮してもくれない。本当にここは地獄だよ。この生まれてきたばかリの赤ん坊の首を今すぐ絞めた方が愛情だって思うくらい」
「…………」
私は、口を挟めませんでした。
何かを言うには資格がありません。
それぐらい、この世界と言うのはすさまじく残酷で、ロコナさんが受けた仕打ちというのは耐えがたいものだと思ったからです。
そんな経験を全くしていない私には、何も口を挟むことは、
「……あ、ダメです!」
ロコナさんが本当に赤ん坊の首に手をやりました。
本当に首を絞めようとしているみたいに。
止めようと立ち上がりましたがロコナさんは、
「う……ウゥ……ッ!」
赤ちゃんを抱きしめ、泣き始めました。
「ロコナさん……」
「君だって、生まれてきたんだものなぁ。何かやりたくて生まれてきたんだものなぁ……それをお母さんが勝手に潰しちゃ、ダメだよねぇ……」
「……………」
優しい、だけど悲しいその親子の抱擁を私はただ見つめていることしかできませんでした。
しばらくすると外がドタドタと騒がしくなってきます。
「こらこらあまり騒ぐんじゃない。子供が泣き出すと厄介じゃ」
ガチャリと扉が開くとモノクロ眼鏡の白衣を着た老人、ドクが入ってきます。その後ろにはこの空間の看守役であるボルカ帝国の兵士が三人ほどついて来ていて。
「貴様は以前我々の要求を拒否したからな。信用できん。生まれた子供はどこだ?」
「そこじゃよ……」
ドクがロコナさんの抱いている赤ん坊を指さすと、嫌な予感がしてロコナさんが赤ちゃんを抱く腕に力を込めます。
「な、何をするきだい?」
「こんな場所で母子が一緒になれないことぐらい、お前にだってわかっておろうが」
顔を横に向けたまま、吐き捨てるようにドクが言います。
そして、兵士たちは何も言わずに近寄るとロコナさんの腕の中にいる赤ん坊を取り上げます。
「や、やめとくれ! その子はまだ生まれたばかりなんだ!」
ロコナさんが奪い返そうとしますが、赤ちゃんを取り上げた兵士と別の兵士がロコナさんを押さえつけ、動きを封じます。私も「やめてください!」とその兵士の手から赤ちゃんを奪い返そうとしますが、背が高くてしっかりと鍛えられた兵士の人からただの中学生の少女である私が取り返せるはずもなく、
「うるさい!」
「きゃっ!」
乱暴に肘で払いのけられて床に尻餅をついてしまいます。
「おい、培養カプセルはどこにある?」
「そこの扉の奥じゃよ……」
「やめてください! どこに連れて行くんですか⁉」
研究室の奥の扉を指さすドク。
そこに向かってズンズン進んで行く兵士に対して私はやはり諦めきれないとその兵士に追いすがります。
腰を掴んで何とか引き留めようと試みますが……凄い力です。
私を腰に引っ提げたまま、赤ん坊を抱きかかえながら奥の扉を開けます。
「ったく、生まればかりのガキはカエルみたいで気持ち悪な。いつまでたってもこんなもの持っていられるか。おい、じじい。開いているカプセルは何処だ!」
カプ……セル?
私はふと顔を挙げました。
研究室の更に奥の部屋の中。そこには大小さまざまなガラスのカプセルが並び、オタマジャクシが入りそうなほど小さなもの、中には人間一人が入りそうなほど大きなものが並んでいました。
人間一人入りそうなほど大きな……?
いいえ、違います。
既に人間が中に入っているカプセルがいくつも並んでいました。
「な……なんですか……ここは……?」
「生命培養室……人間、ミュータントを培養する部屋じゃ」
「培養って……」
カプセルの中には犬やトカゲのような人と動物が融合しているような……正直に言ってしまうと不気味に見えてしまう赤ん坊が入れられ、その隣には少しだけ成長し、五、六歳ぐらいに成長している子供がいました。
みな目を閉じて眠っているようにしています。
「無理やり成長させているんですか?」
「ああ、労働力として使うのだ。そう何年も待っていられん」
赤ん坊を持っている兵士は近くにあった青い液体が詰まった七十センチほどの赤ん坊が一人丁度入るぐらいの空のカプセルの蓋をあけました。
「ここに入れて、身体を急速成長させて一週間も経てば成人と同じような肉体までにはなる。そうして作業員として使うのだ」
「そんな、そんなことをして……その、副作用とかはないんですか⁉」
また、「やめてください」と兵士の人から赤ん坊を奪おうとしますが男と女の力の差で負け、振り払われます。
「あるさ。ここに入れられたら寿命が急速に減る。細胞を人工で異常に増殖させるんだからな。三十を迎える前に寿命が来る」
「そんな! そんなの殺人と同じじゃないですか! 人として生きていくには少なすぎます!」
「何を言っている? この火星で二十を超えて生きられればたいそうなものだ。お前は生まれた子供が何割大人になれるのか知らないのか?」
「え———」
それは火星の地上での話でしょうか?
「三割だよ。ほとんどが死ぬ。病気や戦争でな。お前がどんな平和な世界で過ごしていたのかは知らんがここは弱肉強食。子供のような弱い奴はすぐに死ぬんだよ。仕方がない。そんな世界で寿命だ何だと言っても仕方がないだろう」
兵士はロコナさんの赤ん坊をカプセルの中にボチャンと入れました。
「やめてください!」
「うるさい! 〝ああ〟はしないだけましだ!」
兵士はロコナさんの赤ちゃんが入ったカプセルの蓋を絞め、部屋の奥。風が流れる更に大きな空間を顎で指します。
「な……なんですか……あれ……」
私は愕然としました。
そこには巨人がいたからです。
裸の男性、女性、半分トカゲのミュータント、いろんな種族の人間が二十メートルほどの大きさに巨大化させられ、みなカプセルの中に一様に入れられていました。
「生体兵器だ。生物の理を壊してあそこまでの大きさにされたら寿命はおろか、感情もない。ただ特別な機械で送られる信号を受信し活動するだけの肉を持つ機械と成れはてる。ああはしないだけまともだと思え」
部屋の奥で眠る巨人は、全く動いてい這いませんでしたが、そこにいるだけで、存在するだけで本能的な恐怖が沸き上がりました。
「貴様、ここで反乱など企てようとは思うなよ。あの生体兵器
「ばいお……じゃいあんと……」
地上の戦場で活躍していると言われるAIロボット兵器
非常に嫌な名前です。
「———ッ!」
「お、おい!」
私は一瞬だけできた兵士の隙をついて、ロコナさんの赤ちゃんが入っているカプセルを奪おうとしました。
が、すぐに兵士に気が付かれて止められます。地面に組み伏せられて、押さえつけられ、首のすぐ下あたりを強く圧迫されます。
「は……はなしてくだ、さい……あんな水の中に入れられたらロコナさんの赤ちゃんはすぐに死んでしまいます……」
「この、しつこいやつだな……! 貴様、反乱の意志があると見た。よし、貴様はあの奥の巨人と同じにしてやる!」
「え?」
「立て! 急速培養処置を施す。火星で発掘された古代樹ミストラル。そこから削り取った火星樹細胞。それは生命の細胞と融合し爆発的な増殖現象を引き起こす! 貴様にもその火星樹細胞を埋め込んでやる!」
「そんな!」
ずるずると兵士が部屋の奥へと引きずり込んでいきます。巨人たちが並んでいる場所へ向かって。
「安心しろ。痛みは一瞬だ! バスケットボール大きさの火星樹細胞を埋め込んだら、一週間もすればあそこの生体兵器の仲間入りをするからな!」
「い、イヤです!」
あんなふうになるのは……!
「そこまでだ!」
誰かの声がしました。
いかつい男の人の声。
後ろを向くと、そこに立っていたのはガイウスでした。
「その女から手を離せ」
私が一番見たくない、大きな嫌な目をした男。
「ハッ! 申し訳ありませんガイウス様!」
兵士はガイウスに命令されるとすぐにその手を離します。
そしてガイウスは一歩一歩床を踏み鳴らして近づいてきます。あの男が接近すると言うだけで私の全身は恐怖で震えそうになりますが、グッとこらえてキッと睨みつけます。
パサッ……!
「え?」
私の胸に布が投げられました。
それは私の制服。
カマクラ第二中学校の制服でした。
「それを着ろ。着て指令室に来い。貴様に話がある、言凪ノア」
そういって背を向けて歩いているガイウスの背中は初めて見た時のような荒々しさはありませんでした。
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