第26話 地獄の労働

「あ———、」


 土臭い匂いが鼻について、目が醒めます。

 私が今いるのは岩壁を掘ってできた牢獄の中。

 硬い壁を背もたれに膝を抱えて、その上に臭いタオルケットを羽織って寝ていました。


「起きたか」


 光さす扉の方から声が聴こえます。


「おはようございます、キバさ———、」


 この部屋の本来の主である彼の姿を見た瞬間、少し喉が固まりました。


「おはよう。よく眠れたかい? 眠れたらいいな……これから大変な一日が始まるから」


 外からの差し込むランタンの強い光に照らされた彼の銀色の輝く毛並み。

 昨日見た時は暗くてよくわかりませんでしたが、改めてはっきりと彼の身体を見るとカッコいい、綺麗だと言う感想が生まれてきました。

 体格が良くすらっとしていて、つやさえある毛並みを持った狼人間。


「お、おはようございます……キバさん……」


 彼は目をアーチ形に曲げて、微笑みを作りました。


「早く出よう。起床の時間はもうすぐだ。少しでも過ぎたら看守に何を言われるかわからない。ここの看守に人の心はないからね」


 首でくいっと外に出るようにせかされ、私は痛む腰に鞭を打って立ち上がりました。


 ▼   ▼   ▼


 キバさんの部屋を出た私は、直ぐに食堂に通されました。

 洞窟の中に作った木組みの部屋。

 そこに何十人と言う炭鉱夫が集められ、一斉にパンと味のしないスープを食べます。

 たくさんの、ミュータントがいました。

 キバさんと同じように犬や猫、哺乳類の半人半獣の人、緑色の肌をしていてファンタジー文学に出て来るゴブリンというそんざいにそっくりな人、はねが生えていて体が硬い外殻がいかくに覆われている人。中には私と同じような普通の人間もいましたが皆一様のぼろ布を着て、沈んだ顔をして与えられた食事を食べています。


「どうしてここにはこんなミュータントの人が多いんですか?」


 ふとそんな疑問が口を突いて出ました。

 隣に座っているキバさんは苦笑して、


「僕らが普通の人間ではないからさ。だから普通の人間が嫌がるようなこんな仕事しかできない」

「だけど、火星の激しい環境に耐えられるように遺伝子をいじられた人たちなんですよね? 宇宙人とかそういうのではなく。元々おんなじ人間じゃないですか。それも、火星に住むために仕方なくその道を選んだ。被害者の人たちじゃないですか」

「先祖が被害者だろうが関係ないんだ。僕たちは普通の、今権力を持っている綺麗な人間とは外見が全く異なっている。それだけで普通の人は僕たちのことを下に見る。下等に扱う。僕たちはそれが辛いけれども、彼らは辛くないから仕方がない。痛みは受けないと結局わからないから。この世界を支配している人間は痛みを知らないんだよ。痛みを受けるのを恐れている。恐れるからこんな世界を許しているんだ」


 ただのぼろ布を纏い、パンとスープだけの臭い食事を、何百の人間が絶望の表情で食べています。


「あなたたちは、この人たちは何の罪を犯したんですか?」


 こんなの囚人です。


「何の罪も犯していないさ。ただ、罪を背負って生まれてきただけさ。どこかの名前の知らない誰かの罪を背負ってね」

 

 食事が終わると、作業場に連れていかれます。


「な、何ですか……ここは……」


 いくつもある岩盤にある洞穴に何人もの人が入り、黒い石のつまった箱を肩に担いで出てきて、崖に面した場所に設置してある大きなエレベーターまでたどり着くとそこに箱を置く。

 あの黒い石が火星石油の固まった石……なんでしょう。こぶし大の大きさの石を箱一杯になるまで詰め込んで運ぶ。

 箱の一つは見たところ十キロ以上はありそうです。

 単純ですけど、大変な運搬作業をしていました。

 私が息を飲んだのは、その作業内容の過酷さではありません。

 半人半獣のミュータント、普通の人間もその作業に従事していました。

 男も女も、子供も老人も。

 まったく性別も年齢も関係なく、こんな重労働をさせられていたのです。


「おい! 貴様何をのんびりしている! とっとと作業に入らんか!」


 ピシッと私のすぐそばの足元をビシリと鞭が打たれます。

 そして急かされるがまま、私は箱を掴んで他の人と同じように列に並んで洞窟の奥まで行きます。

 私はもう、ここでは何を言っても無駄だと思っていました。

 同じように掘り出された火星石油の塊を奥までいて拾い、箱まで詰めてエレベーターに運んでいきます。

 何往復も何往復も。

 すぐに手足がガタガタと悲鳴を上げ始めました。

 お腹が痛い。

 裸に布一枚羽織っている状態です。足元から吹く風が容赦なく股とお腹を撫でて、身体から体温を奪います。

 それでも、重たいものを持って歩くと言う重労働作業が腕や足に血を巡らせ、ぽたぽたと汗を道に垂らします。

 辛い。辛い。辛い。

 どうして、私はこんな目にあっているんでしょう……。


「お姉ちゃん……!」


 黒い石が詰まった箱を持ちあげるとき、踏ん張りました。

 その時に自分がきた目的を口に出します。

 姉に会うため。

姉を助けるため。

 私は石の持ち運びの作業をしながら、この大滑穴の地形を観察します。

 穴はなだらかな楕円を描いて底へと続いていました。その途中途中で恐らく天然ではなく人工でしょう。土を積みあげたでっぱりのような足場があり、そこで横穴を掘って私たちに作業をさせていました。

 足場の周囲にはエレベーターやクレーンアームのような機械があり、それは太い鉄の柱の骨組みで壁に固定されて貼り付けられています。

 エレベータに箱を乗せる際。

 そこから見下ろせば最深部にマグマの池が見えます。

 大きく広い湖のようなマグマだまり。


「おねえちゃん……」


 その下にあの人はいるのでしょう。

 彼女を助けるためには、あの海賊船の船長の言葉をうのみにするのならレッドミカエルという私が乗ってきたロボットなら耐熱性があり、あのマグマの中でも大丈夫だそうですが……本当でしょうか?

 ごくりと唾を飲みます。

 不安ですがやるしかありません。

 ここまで来たんですから。

 この作業の隙をついて抜け出し、レッドミカエルを取り返してあのマグマだまりの下にいるお姉ちゃんを助け出す。

 私の今、身体を動かす動力源はその姉に会いたいという一心だけでした。 

 その気持ちさえあれば、あるのなら、十キロの石が詰まった箱をもって欧風くすることなどへでもありませ……、


「う……」


 ぐらっと足がふらつき、その場に倒れてしまいました。


「おい! 何をやっている!」


 ガシャンと音を立ててしまいました。

 すぐさま看守を務めているボルカ帝国兵士が飛んでくる……と思っていたのですが、


「おい、早く立て! 列を乱すんじゃない!」

「すいません! すいません! お許しください!」


 責め立てられているのは私ではありませんでした。

 私より後ろにいた女の人でした。

 偶々私と同じタイミングで転んだようで、箱に入った火星石油の塊を地面にぶちまけています。

 私より背が高くて二十歳ぐらいの、普通の人間の女性……。


「————ッ!」


 彼女の姿を見た瞬間、私は息を飲みました。

 そして、衝動的に駆け出しました。


「やめてください!」

「あ? なんだお前?」


 私は兵士と女の人の間に立ちはだかって両手を広げます。


「あ、あなたは? やめなさい。見ず知らずの私なんかのために……こんなことはよくないわ」


 盾になっているというのに倒れた彼女は私にどくように言います。


「よくないわけありません! これは、この人たちはあんまりにもひどすぎます! どうして周りの人は声をあげないんですか⁉ どうして、どうして……!」

「おい、うるさいぞ! ガイウス様が命令したことにさからうのか。この作業場にいる者は兵士以外、どんな理由があろうとも採掘作業をしなければならない。それがガイウス様の命令だ」

「それが、それが例え―――病気の女の人でもですか⁉」


 倒れた女の人のお腹は、ぽっこりと大きく膨らんでいました。

 中に大きな石のような何かが埋め込まれているような……明らかに何らかしらの酷い病気を彼女は患っていました。


「そいつが妊娠しているのはそいつの都合だ。ガイウス様には知った事ではない」


 にんしん……?


「そんな! ひどすぎます! 女の人には優しくしてあげるべきです! それも病人なんですよ! それなのに普通の人と同じことができるわけがないじゃないですか!」

「うるさい!」


 ピシリと鞭で頬を叩かれました。

 ひどく斬られるような痛みが走り、悲鳴を挙げたくなりましたが、私はキッと兵士を睨みつけます。


「う……!」


 兵士の人はものおじしたように一歩下がります。


「やめてください。この人を病院のような安らかでいられる場所に連れて行ってください。そうするべきです」

「黙れ、黙れ黙れ黙れ! ガイウス様の命令は絶対なのだ! 例外はない! とっとと貴様ら作業に戻らんか!」

「人を大切にしない命令が絶対だなんてあっていいはずがありません!」

「く……この……!」


 兵士が鞭から銃に持ち替えてその銃口を私に向けます。


「命令に従え!」


 トリガーに指をかけて脅しますが、全く怖くありませんでした。


「あなたは自分が何をしているのか、本当にわかっているんですか?」

「……………黙れ」

「子供でもわかりますよ。これが間違っているって。それをあなたはしているんですよ。そんなの……あなただって辛いでしょう?」

「黙れーーーーーーーーー!」


 トリガーにかけられた指にグッと力が籠められます。

 銃弾が飛び出す。

 そう覚悟した瞬間です—————、


「産まれる……」


 私が庇っている女の人がお腹を押さえて、「うぅ……」と呻き出し始めました。


「うまれる?」


 その言葉が何のことかよくわかりませんでしたが、私は彼女の病状が悪化したのだとすぐにわかりました。

 股の間から透明なおしっこがたくさん漏れ出ていたからです。


「す、すぐに病院に……! 誰か、手を貸してください!」


 女の人の肩を抱いて、どこかあてもなく、彼女が休める場所に連れて行こうとしますが、誰も手を貸してはくれません。

 作業員の人たちは関わることを恐れているように目を逸らし、兵士の人は糸の切れた操り人形のように茫然としていました。


「誰か、誰か……!」


 私一人ではどうにもならない。

 そう思った時でした。


「ここから一つ上の改装に研究室がある———、」


 キバさんです。

 彼は、女の人の私が持っている方と逆側の脇の間に体を入れてグッとその身体を持ちあげました。


「病院と言うには汚いところだが、ここにいる奴らは皆そこで子供を産んでる。火星生物研究の第一人者、ドクもいる。急げば母子ともに問題なく産めるはずだ」

「産む? ぼし?」


 キバさんの言葉の所々はわかりませんでしたが、これなら何とかなりそうです。

 私はキバさんと共にその研究室と場所へ向かいました。

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