第23話 地獄にて

 ぴたり、ぴたり……。


 私は指令室から裸のまま出されると、ボロボロの布を渡されてそれを着ました。

 下着も取っ払われて裸の上に一枚だけ、ワンピースの形状の布を羽織らされているだけ。

 ものすごくスースーして、お腹も冷えます。

 ですが、ここにいる人たちはそんなことを考慮してくれるような人ではなく、ただ冷たい目を向けて私に対して歩くように言うだけです。

 私は土の上を歩かされています。

 前と後ろに銃を持った兵士に挟まれて、どこかへ向かって。


「キリキリ歩け!」


 ドンッとお尻を銃で小突かれます。


「…………ッ!」


 それがどんなに怖くて屈辱的なことなのか、わかっていない兵士はただ私が足を止めないことだけが気がかりの様で、不必要に攻め立ててきます。

 もう、ポロポロと流れる涙もありません。

 どうして、こんなことになってしまったのでしょうか?


「ここだ。止まれ」 


 前を歩いている兵士が扉の前で止まります。

 洞窟の岩壁を掘り、作った横穴に木でできた扉をはめただけの簡易的な部屋。


「ここでお前は寝泊まりするんだ」


 倉庫ならいざ知らず、とても人が住むにはふさわしくない場所だ。そういうのは一目見ただけで感じ取れました。


「ここ……で……」

「ああ、ここでお前は子作りをするんだ」

「———ッ!」


 先のガイウスにされた、されかけた仕打ちを思い出します。


「イヤ………イヤ……もうあんなのは……!」

「お前の感情など知った事ではない。ガイウス指令がおっしゃられたことだ。文句を言わずにとっとと入れ!」


 私はそのまま扉の中に連れ込まれました。

 明かりもない、真っ暗な洞穴。

 差し込む光は兵士たちのいる通路に下げられたカンテラから。

 ただ、それだけ……。


「イヤッ! こんなところは! 出して! 家に帰して!」

「もう二度と帰れんさ。せいぜい中にいる奴と仲良くやるんだな。そいつがお前の今の旦那様だ」


 ハハハハハ……ッと二人の兵士は笑って去っていきました。

 私の言葉なんか、全く聞く耳持たずに。


「中にいる……やつ……」


 気が付きました。

 獣……臭い……。

 この空間には私以外の、誰かがいました。

 横を見ます。


「ヒ……ッ‼」


 暗闇の中で赤い光が二つ、輝いていました。

 子作りをしろ……中の奴が旦那様……。

 あれは人……! そして、さっきガイウスにされたことと同じことを、あの人にさせられる……!

 私は恐怖に心を支配されました。

 光とは逆側の壁にびたりと張り付き、背中を向けて体を丸くして、目をギュッと閉じました。


「もう……いや……いやぁ……なんで私がこんな目に……!」


 何が、いけなかったんでしょう……?


「お姉ちゃん、お姉ちゃん……!」


 お姉ちゃんに会いたいと願ったから?


 もぞ……。


 暗闇に浮かぶ光が蠢きます。


「ヒッ!」


 ゆらゆらゆらゆらと、部屋にいるもう一人が私に近寄ってきます。

 イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ!

 もうあんな思いはしたくない! 


「お姉ちゃん、サイさん……トモさん、カグラさん、お父さん、お母さん……!」


 早く帰りたい。

 新カマクラ市の私の家に。

 今、この状況が全て夢であって醒めたらいつもの部屋のベッドでありたい。

 今すぐワープしてあの暖かい部屋に戻りたい……! 

 そうであって欲しい……!

 だけど、そうではないと……どんなに目をつむっていつもの日常を夢描いたところで、男が一歩一歩近づく足音は耳に届き、獣臭い匂いが徐々に強くなってきます。


「誰か……助けて……!」


 こんな思いをするぐらいなら、何もせずにいればよかった。

 さらわれたお姉ちゃんを助けたいだなんて思わずに、死んだものだと……!

 私は、何もしちゃいけなかったんだ……!

 だから、こんな目に合う。

 あぁ、馬鹿だった。

 私は馬鹿だったんだ……。

 だから、受け入れよう。

 馬鹿な自分への罰として、この運命を。

 この男に、全身を引き裂かれる罰を、受け入れよう。

 ツーッと涙が零れ落ちました。

 パサリ……。


「え……?」


 私の丸まっている背中に布がかぶされました。

 薄いタオルケットのような布。

 さっきまで誰かの肌に触れていたのか、まだぬくもりを感じます。


 のそ、のそ、のそ……。


 足音がどんどん遠ざかっていきます。

 顔を上げると、私の近くには誰もいません。

 まだ気配はしますが、この空間にいるもう一人の人間は奥の陰に引っ込んで行ってしまいました。

 あの人……タオルケットを被せてくれただけ……?


「怯えなくていい。何もしないから」


 暗闇の中から優しそうな男の人の声が聞こえてきます。


「ここは冷える。それを被って暖かくしているといい」

「………が、と」


 ハッとしました。

 声が出ません。

 ありがとうございます、と暗闇の中にいる彼にお礼を言おうと思ったのですが、どうしても喉が震えません。

 恐怖で、まともに動かせませんでした。


「災難だったね。ここにいる人間は外見は人間の姿はしていても、心は人間じゃない。自分の欲を満たすために他のものを利用することしか考えていない。君も大した理由もなくここに連れてこられたんだろう?」

「……ぁ、あっ……!」

「無理に話さなくてもいい。ただ、ここでは安心して気を休めて欲しい。そうでないと持たないから。死んでしまうから。僕のような運よく強く生まれた男はまだしも、女の子は性奉仕に加えて男と同じ作業場に連れ込まれて男と同じ重労働に晒される。それで死んだとしてもお構いなしだ。それどころかここの看守連中はそんな死にざまを見てあざ笑う。あざ笑って僕たちに死体を埋めるように言う。子供が欲しいと言っておきながら、その子供を産む女の人が死んだことによるゲスな快楽を優先させているんだ。ここに居る連中は皆狂ってしまっているんだよ」

「…………あ、ああ、ンンッ!」


 段々と、心が安らかになっていきました。

 陰の中にいる男の人の意図通りに。

 喉が調子を取り戻します。

 こちらに近寄りもせずにただひたすら優しい声で語り掛ける彼の心遣いが、私の心に伝わってきたからです。

 この人は……たぶん、良い人です。


「あの……あなたは?」

「無理はしなくていい」

「無理なんて……ゴホッ、あなたは? 私は言凪ノア、あなたのお名前はなんていうんですか? ケホケホ……ッ」


 恐怖から解放されて調子を取り戻した喉が不格好に声を発そうとして、不器用に息を吸い込み、埃っぽい土煙を吸い込んでしまいます。

 そんな様子を見て陰の中の彼はフフッ、と苦笑する様子を見せ、


「僕の名前はキバ。センゴジュウイチノ・キバだ」

「キバ……さん? 1051なんて随分と変わった名字なんですね」

「……だろ? 君の名前はノアか。いい名前だ。個性がある。僕と違って」

「あ、でも、キバって男らしくてかっこいいと思います! 獣の牙って感じで、凄く鋭利で獰猛そうで」

「それ褒めているのか?」

「あ、え、ごめんなさい……」


「フ、アハハハハハハハ……アハハハハハハハ……ッ!」

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