第21話 悪鬼ガイウス

 気が付くと斜面が徐々に緩やかになっていき、普通に立てるほどの平地に辿り着いていました。

 そこは穴の出っ張りと言えるような部分で、まだまだ穴の底には辿り着くことはできませんでしたが、私たちが要る部分と他にもいくつもの出っ張りがあり、そこには崖を切り出してつくった通路や窓があり、クレーンのような重機が取り付けられ、何らかの人工的な意図がある空間でした。


「ここは……?」


 口が動きハッとします。

 いつの間にかリンさんは私に体を返してくれていたようです。

 ならば、すぐにこのレッドミカエルから出た方がいいでしょう。

 トワイライトプットにワイヤーで機体を雁字搦めにされて動けない状態にあるのです。

 幸いにも、穴の斜面には採掘所のような施設と斜面を削り、盛った足場があります。アギさんにこのまま捕まる前に、そこに身を隠しましょう。

 思い立ったらコックピットのハッチを開けて外に出ます。


「あ、待て!」


 ですが私の考えはアギさんにお見通しだったようで、トワイライトプットの胸部ハッチが開き、シートベルトを外しながらアギさんが機体の外へと躍り出てきます。


「く……!」

「待てっ……!」


 土を踏みしめ必死にどこか当てもなく走り回りましたが簡単にアギさんには追い付かれ、飛びつかれるように腰にタックルを受けて地面の上に組み伏せられてしまいます。


「離してください!」

「離すわけないだろ……大人しいと思ってたらとんだじゃじゃ馬だな。創世の巫女が聞いてあきれる!」

「勝手にあなたたちが呼んでいるだけで……!」

「おい、貴様ら何をしている?」

「「え?」」


 地面の上でもみ合っていると、いつの間にか私たちは武装した男たちに囲まれていました。

 目元をすっぽりと覆う分厚い暗視ゴーグルをつけて、ぶくりと膨らんだ防弾ジャケット。そして肩から黒い実弾マシンガンを下げた人々。全員服装と装備が統一されていることから、何らかの組織に所属している人だと思います。


「怪しい奴らだな」


 彼らは私たちに銃口を向けて威嚇してきます。

 私の心は完全に冷え切りました。

 銃口を向けられるというのは、心臓をギュッと掴まれるような恐怖を感じる体験です。

 悲鳴や、こういう時はどういう反応をするのが適切なのか全く考えることができずにただガタガタと身を震わすことしかできません。


「あ~、あはは……警備ご苦労ボルカ帝国の兵士諸君、私たちは……、」


 緊張状態を緩和したいのか、アギさんは両手を挙げてへらへらと笑いながら立ち上がりました。

 ヒュ……ッ!

 その髪先を弾丸が掠めます。


「動くな」


 兵士の一人が発砲したのです。


「あ~……了解……」


 諦めてアギさんは肩を落とします。


「貴様らをガイウス指令の元へと連れて行く。何か弁明することがあればそこで言うんだな」


 何人かの兵士が銃から手を離して私たちの元へと近寄ると、後ろ手に手錠を組み立ち上がらせました。

 それからどこかへ向かって歩き出します。

 このまま……私たちは何処へ向かってしまうのでしょうか……?


 ▼   ▼   ▼


「貴様らは何者だ? この大滑穴だいかっけつに何の用だ?」


 かなり体格のいいいかつい軍服を着た男がじろりと私たちを睨みつけます。

 指令室と呼ばれる豪華な装飾があるインテリアが飾り付けられた部屋。

 その真っ赤な絨毯の前の床に私たちは立たされ、正面には机越しの司令官らしき男……机の上にプレートが置いてありました。

 『ガイウス・マクドーナル』……指令……だそうです。


「貴様ら本国からの極秘調査員か? それともサンドリア王国からの密偵か? まぁどちらにしろ生きてここから出られるとは思うなよ」

「…………?」


 この人は一体何を言っているんでしょう?


「あの……本国って……」

「しっ、口を慎め……!」


 小声でささやき、アギさんは私の小腹を肘で突きます。


「余計なことを喋るな。大滑穴だいかっけつはボルカ帝国領。目の前にいるのは軍人、俺達はそこに侵入した海賊……全部ペラペラ喋ったらどうなるかわかるな? OK?」


 私は言葉なしに無言でうなずいて返事としました。


「おい、何をコソコソ喋っている!」


 脇に控えている兵士に銃をかかげられて、わざとガチャリと音を鳴らされ私の心は再び冷えました。

 だけどアギさんは全く怯えず、それどころかため息まで吐いて手を上げ一歩前に出ました。


「あ~……申し訳ない。ただ私たちは旅の兄妹商人でして……」

「兄妹……⁉」と私は目を見開いてアギさんを見て、

「商人?」とガイウス指令は訝し気に目を細めます。

「ええ。戦場漁りをしていたところ、サンドリア王国の最新MGマルチギアを入手しましたので、敵国のボルカ帝国に売り込みに行こうと。その道中で御座いました」

「最新鋭MGマルチギアっていうのはお前たちが乗っていたあの見慣れぬ機体のことか?」

「ええ、火星石油をプラズマ化したことにより生成されるフォトン粒子という特殊光子を使った機体です。フォトン粒子により高機動、軽量化に成功したもので現在戦場にあふれかえっているAI兵器———TGテックジャイアントをせん滅するための兵器となる。そうです」

「ほぅ……王国がそんなものを作っていたとは知らなんだ……フォトン粒子の研究は設備が整っている地球政府が、空中都市でしかやっていないと思っていたが」

「あなた様方、帝国に攻められて王国側も必死なのでしょう。なにせ、豊富なオリハルコンが摂れるオリュンポス火山を領内に持つ、工業も商業も発展しているボルカ帝国です。大量に工場でTGテックジャイアントが作れる貴国と違い、サンドリア王国は不毛な砂漠が広がっているだけ。戦場でのメインとなるTGテックジャイアントも他国からの輸入に頼るしかないというありさまで用意できる数が圧倒的に違います。なので、一騎当千の戦力が必要となるのでしょう」


 二人が何を話しているのか、私にはさっぱりわかりません。

 地上の社会情勢の話なのでしょうが、空中都市ジパングの新カマクラに引きこもっていた私にとって、その名の通り違う世界の話でした。


「なるほど、で通行許可証は持っているのか?」

「ええ勿論」


 アギさんは胸ポケットからサングラスを取り出し、近くの兵士に渡しました。

 何でサングラスを……と思っていたところ、その兵士がサングラスの丁番の部分に触れると、前枠についている小型映像プロジェクターから空中に立体映像が浮かび上がります。

 それは、アギさんの顔写真が付いたプロフィールデータのような物でした。


 『澄花アギ 19歳 国籍:銀衣帝国』 


 そう顔写真の隣には書かれていました。


「銀衣帝国の人間か。なるほど、空中都市から下天した人間か。まぁ、そんな人間なら国をまたぐ行商人をやるしかないわなぁ」

「どうも」


 偽物のデータにガイウス指令は納得したように「フン」と鼻を鳴らします。


「あの……澄花って……」

「シッ……黙ってろって言ったろ?」


 疑問を口にしようとしましたが塞がれました。

 偽物の名前、偽物の情報だとわかっていましたが、どうしてその名前を使うのか。私にはどうしても気になってしまうのでした。


「兄の方、貴様の身分はわかった。だが、妹の方。そちらの身分証の提示がないようだが?」

「あ……」


 私には空中都市ジパングで発行されたIDデータがありました。それは胸ポケットに入っているスマートスティック内にあるはずで、それを取り出そうとしましたが、アギさんに止められます。


「妹は少しおっちょこちょいで……端末を家に忘れてきてしまったのです」

「え?」

「し~……」


 唇に指をあてて黙るように再三アギさんが指示をします。

 確かに、ここで私の「言凪ノア」の身分証を出したら兄妹の嘘がバレてしまうところでした。


「忘れた?」

「ええ、実は……」

「…………」


 ガイウスさんとアギさんがにらみ合い……やがて、


「下手な嘘はもうやめるんだな」

「…………ッ!」


 控えていた兵士たちが一斉に銃を上げ、その発射口を私たちに向けました。


「お前たちのような行商人がいるか。貴様らは本国からの調査員だろう?」


 ガイウス指令は声を荒げます。


「何を言って……」

「俺がここで兵器を作っていないか調査をしに来たのだろう? 来るとは思っていたが、まだ秘匿されている最新鋭機を引っ提げて来るとはな。本来は二人、二機だけで俺を潰そうとしていたのだろうが、そうはいかない」

「だから何を言っている! 俺たちは行商人だって言ってるだろうが!」

「あんなMGマルチギアを持った行商人などありはしない! 戦場で敵の秘密兵器を撃墜したのなら、本国の連中が血眼になって回収する! 普通の民間人の手には渡らないんだよ。そこから導き出される答えは一つ。貴様らはボルカ帝国から、俺が大滑穴で不穏なことをしていないか調査しに来た監査官だ」

「監査官が間抜けに空から降って来るかよ」

「間抜けな監査官なら落ちて来るだろう。夕焼け色のMGマルチギアの方は既に解析が終わっている。あの機体の収納部に光学迷彩マントが仕込まれていた。潜入捜査にぴったりの奴だなぁ?」

「…………ッ!」


 アギさんが悔しそうに唇を噛みしめます。

 光学迷彩……。

 周りの風景と溶け込むように背景の映像をそのままマントの表面に映し出すもの。

 旧校舎でアギさんと初めて出会った時、窓の外に陽炎が揺らめいてオレンジプットの機体が出現したことを思い出しました。あの時に使っていたのでしょう。


「貴様らをこのまま生かして返すことはできんが、殺してしまうのももったいない。ウチは人出不足でな。固形火石を掘り起こす作業人員が足りていない。貴様にも働いてもらうことにしよう」

「そんなことが!」

「許されるんだよ! ここではな。俺が王だ!」


 大声を出されて威圧され、流石のアギさんでも気圧されたようにのけぞりました。

 そして、ガイウス指令は近くに控えていた兵士の一人に声をかけます。


「おい。男の方には電磁首輪をつけて作業場に放り込んでおけ、」


 男の方は……?

 そういえば、先ほど「働いてもらう」と言った言葉に私が含まれているようなニュアンスは感じ取れませんでした。 

 兵士たちはガイウス指令の意図を言葉なくともくみ取っているようで、私は無視しアギさんだけを拘束し、部屋の外に連れて行こうとします。


「あの……私は……」

「貴様はここで肉壺となってもらう」

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