第20話 憑依、からの撃墜

 黒の空と灰色の雲が広がる夜空。

 赤い変形人型戦闘兵器MGマルチギアの飛行形態で飛び回ります。


「戦闘機に乗るのは初めてですけど……授業でもやってるし、トモさんと一緒にゲームで鍛えた腕があります……!」


 声に出して不安な気持ちを押し殺し、レバーを倒します。

 向かう先は地表にある大穴———大滑穴です。


「待っててね、お姉ちゃん!」


 そのそこにいるという姉、言凪イヴを目標に私はレッドミカエルを加速させます。


 ———ノア、来るよ。


 エンジンの出力を上げて、身体にかかるGが増えた時のことで素。

 頭の中に声が響きました。

 ふと外部情報を移しているモニターに目をやると、後方カメラが機影を捉えていました。

 横に平べったい円盤に尾翼を付けただけのような機体。

 オレンジ色のアギさんが乗るMGマルチギア……名前は確か……。


「オレンジプリン!」

『トワイライトプットだ‼ 言凪ノア! いいから戻ってそこから降りろ‼ つーかどうやってMGマルチギアを操縦している⁉ 何でそんなことできるんだテメェは!』

「学校の授業で習いました!」

『……マジで?』


 オレンジ色の機体、トワイライトプットは機体後方の弧を描くような形をしたジェット噴射口からオレンジ色の火炎を噴射し、レッドミカエルの加速に追随します。


『いいから降りろ! レッドミカエル何て姉御の機体を強奪するなんてマネしやがって! あの気性の荒い姉さんの機体に傷何てつけたら後で何て言われるか!』


 レッドミカエルのパイロット……。

 そう言えばこの機体はあの新カマクラ市の上で私と取っ組み合った機体でした。

 あの時、私はゼオンの中にいて不思議とこの中のいたパイロットの声が聴こえました。

 確かにあの『言凪ノアァ!』という荒っぽい声から、彼女の気性と言うのはうかがい知れます。


「気の毒です! 同情します! でも、私は行かなくては行けないんです!」

『行かなくていいっつってんだろバカ野郎! もう仕方ねぇ、そこまで言うからには……!』


 シューッ……とレッドミカエルの横を光の矢が掠めていきます。


『また、ぶっ刺させてもらうぞ……言凪ノア』

「————ッ!」


 トワイライトプットの機体の前部には口のような物が付いており、そこから光の矢を放ちます。

 次から次へと飛んでくるビームエネルギーの塊を私は機体を左右に揺らして避けます。


「来ないでください!」

『んなわけにいくかっ!』

「なら、もっとスピードを上げます!」


 機体のエンジン出力をさらに上げて加速します。


「…………ういぃいいいいいッ!」


 慣性の法則により私の身体にGがかかり、全身の身体が後ろに押しつぶされ、皮が後ろに引っ張られるような感覚に陥ります。


「きつい……!」


 ————でも、まだ逃げられないよ。


「え………⁉」


 シュインッ!

 再び機体の側面を光の矢が掠めました。


『逃げられると思ってんのか⁉ 武装は少ない分、トワイライトプットの方が早さは上だ!』


 オレンジの円盤との距離は全く離れていませんでした。


「そんな……!」


 逃げきれない。

 捕まる……!

 お姉ちゃんのいる大滑穴はもうすぐそこまで迫っているっていうのに。これじゃあ辿り着いてもアギさんに捕まってしまう。


「…………お姉ちゃん!」


 私は助けを求めるように祈り、奥歯をギュッと噛みしめました。


 ————ノア、私に替わって。


 また、頭の中で声が響きます。


「え?」


 戸惑っていると、身体が急に暖かさに包まれました。

 誰かに覆いかぶさられているような、柔らかい暖かさ。

 ゼオンの中にいる時も同じ熱を感じました。


「行くよぉ、ノア。しばらくこの体。借りるね!」


 ———え⁉


 私の口が全く私の意志とは無関係に動き出し、手足も同様に勝手に走り出します。


 ———ちょっと、どういうことですか⁉


「このままじゃあ振り切れないでしょ!」


 リンさん……ですよね?

 私の身体を乗っ取って、リンさんが私の身体を操っています。


『おい、お前ひとりで何言ってんだ?』


 通信で思いっきりアギさんに私とリンさんの会話が聞かれていました。


「ちょっとアギ! あんたしつこいよ!」

『はぁ⁉ 当たり前だろ! こっちは機体盗まれてんだぞ!』

「しつこい男の子は嫌われるよ!」


 リンさんは座席横のボタンを押します。

 ロックカバーを外し、「BATTLE」と英語がつづられたボタンを———。


『なんだテメェ……いきなり口調が……』

「ちょっとお仕置きしないとね!」


 瞬間、機体が大きく揺れました。

 レッドミカエルが変形し、戦闘機から人型のロボットモードへと変形したのです。

 エンジンが付いた両翼を背中に、スラスターバーナーを吹かして空中に姿勢を固定。

 ビームマシンガンを手元で受け取り、トワイライトプットへ向けて銃砲を浴びせます。


 ダダダダダッ!


『やりやがったなテメェ!』


 攻撃です!


 ————何をやっているんですか⁉ リンさん⁉


「こうでもしないと、あいつ追い払えないでしょう⁉」


 オレンジ色の円盤はビーム弾をバレルロールといわれる側転で回避しながら、


『そっちがその気ならこっちも———!』


 機体を変形させます。

 円盤のような外見に亀裂が入り、後部が下半身に、前部が上半身に組み変わり、その頭部にフードを思わせるバイザーが覆いかぶさります。

 そして手には機体の前部の光の矢を射出していた射出口がある装甲がそのまま弓を形作り、人型のトワイライトプットの武器として収まります。


『————こっちも攻撃させてもらう!』


 手に持った弓に光の矢を出現させ、空中を飛び回りながら次々と繰り出してきます。

 まるで空飛ぶロビンフットです。


「弓矢ごときで―――」

『傷をつけたら、すまねぇ姉御!』


 かみ合わない会話。

 そんな中で大滑穴上空では激しい空中戦が繰り広げられていました。

 互いにビーム弾の雨とビームの矢を飛ばし、空を縫うように飛び回り躱し、くるくるとダンスをするように螺旋を描いた軌道で落下していく。

 翼に付けられたジェットを吹かして上昇し、両足についているスラスターで姿勢を制御してピタリと止まる。そして弓や銃砲で攻撃を交わして、互いに躱して、的にならないように高速で移動する。

 その際に速く以前いた地点より遠くに移動するのが最も戦術的なので、必然的に空中にいるリンさんたちは、落下をする形で速度を得ます。

 だから、螺旋を描いて落下してくのです———。


「こうなったら悪いんだけど……!」


 リンさんがコックピット左側面にある手のひら大の蓋を開きます。

 そこにはコンソールパネルがあり、それを操作するとモニターにロックオンを示すマークが表示されます。

 たくさん、無数に表示されるロックオンマークは中央に映っているトワイライトプットへ向けて収束され———、


「お高いんでしょうけどミサイルつかわせてもらいます!」


 ダンッとコンソールパネルを拳で叩くと、レッドミカエルの両肩部にあるミサイルポッドから一斉に誘導爆裂ミサイルが発射され、トワイライトプットめがけて襲い掛かります。


『何っ⁉』


 トワイライトプットには連射武器がないのか、光の矢をいちいち弓を引きながら放って迎撃しますが、大量に迫って来る爆発弾を捌ききれずに肩、腕、脚に直撃を受け、爆破の業炎に包まれます。


「ふぅ……ごめんね。なるべく穏便に済ませたかったんだけど……」


 リンさんは機体を旋回させた後、変形させ、ロボットの形態から戦闘機の形態へと戻し大滑穴に向かって加速しようとしました。

 その時です————、


『舐めんなお嬢ちゃん!』 


 トワイライトプットを中心に起こっている爆炎の中から銀色のワイヤーが伸び、先端にジェット噴射口が付いて空を高速で飛来するワイヤーは一瞬でレッドミカエルの元へと辿り着くとくるくるとその周囲を回り、ぐるぐると機体を雁字搦めに拘束します。


「嘘でしょ⁉」

『嘘じゃあねえんだよ!』


 ボフッと爆炎の中から弓を失い片翼を損傷したトワイライトプットが現れ、ワイヤーウィンチを巻きながら、一気にレッドミカエルに接近し、密着します。

 ガァンッ! と接触音が響きます。


「このままだと落ちるわよ!」


 戦闘機状態のレッドミカエルはその機体をグルグルとワイヤーに巻かれた上に、トワイライトプットという大きな重りを乗せてしまっている状態。

 それにトワイライトプットも片方の翼がなくなっている、ということは本来二対のジェットブースターで飛行していた機体が、充分な力が出せず飛行できない状態になってしまったということです。


『上等だろう⁉』

「全然上等じゃッ、」


 ドォンッ!


 ————きゃああああああああああああああああああああ‼‼‼


 機体が大きく揺れます。

 地上に激突してしまったのです。

 不幸中の幸いなのか、大滑穴を形成している穴の側面。そこは斜面となっており、落下による衝撃がいくらか分散され機体が全壊するのは避けられました。

 ただ、角度でいうところの七十度ほどの急こう配。

 崖に近いその斜面をトワイライトプットを乗せたレッドミカエルは滑り落ちていきます。

 ガタガタガタと揺れる機体に悲鳴を上げながら、私は火星の重力に身を任せるまま落ちていき……やがて……。


「うっ⁉」


 ガッと再び機体が大きく揺れました。

 落下が止まったのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る