第19話 脱走

「さぁ、どうするの。ノア」


「——————ッ⁉」


 体を起こします。

 声のした方を見れば、檻の向こうにお姉ちゃんそっくりの女の子、リンさんがいました。


「リンさん! さっきはどうして来てくれなかったんですか⁉ 私はゼオンを呼んだのに!」


 甲板でゼオンに乗って逃げようとした時のことを糾弾します。

 人の姿をしていますが、リンさんはゼオンそのもの。いわばゼオンの心のような存在のはずです。

 なら、さっき来なかったのは彼女自身が私の呼びかけに応じなかったことに他ならないんじゃないか。


「あなたは私の力じゃないんですか⁉ 私が呼んだらいつでも来るものじゃないんですか⁉」


 苛立っています。 

 外の世界が、思ったより怖くて過酷な場所だと段々と気づき始めていたからです。

 ここに来る前の私はどこか気楽に考えていたところがありました。

 どこかの戦場のような過酷な場所で無理やり働かされている姉を単純にゼオンという大きなゆりかごに乗って迎えに行ければいい、と。

 少し遠出をして帰って来るだけでいいと、そんな甘い考えを持っていたのです。

 それがものの見事に砕かれた。でも、引き返すこともできない。

 自分が選んだ道ではありますが、ここまで過酷なものだとは思ってもいなかった。

 そんな行き場のない苛立ちがどうしても私の胸の中には募ってしまうのです。


「私はあなたの力。でもいつでもあなたに応えられるわけじゃない」

「どうして⁉」

「ゼオンに乗ることができる回数は決まっている。だから、私はあなたに本当に応えるべき時にしか応えない。あなたが本当にゼオンを求めた時、コレは力を貸す」


 リンさんはそう言って自らの胸に手を当てます。


「……じゃあ、それが今なんじゃないですか? 私は、お姉ちゃんに、言凪イヴを連れてあの私たちの街に、カマクラに戻りたいだけなんです。回数制限なんかあったって、あと一回で充分なんです」


 ゼオンに乗って、あの大穴に行って、お姉ちゃんを連れ出して、そこから先は何とかして空中都市ジパングに戻る。

 空中都市と地表では一部の役人や報道官は行き来をしています。そういう報道を動画で何度も私は見ています。

 だから、空港がどこかにあるはずです。

 そこに辿り着くことができれば、私とお姉ちゃんは空中都市に戻ることができる。


「だから、お願いします力を貸してください」

「うん、わかってる」

「じゃあ!」

「だけど、ゼオンに乗せることはできない。今はその時じゃない。あなたに力を貸すのはその中の一部、私が私として使える力だけ」

「え?」


 キィ……!

 ゆっくりと重たい鉄の扉が開いていきます。

 檻の、外に繋がる扉が。


「あれ……そこはさっきアギさんがカギをかけて……」


 確かに閉める音が聞こえたはずです……。

 開かれた扉の向こうで、リンさんは待っていました。


「どうするの? ノア。あなたが決めて」

「…………ッ」


 私はベッドからお尻を離して、駆け出しました。


 ▼   ▼   ▼


 夜の海賊船ヴァンガード号。

 その通路を私はコソコソと進んでいます。

 誰にも見つからないように陰に隠れながら周囲に気を配って。

 昼間に通った時の記憶をたどりながら、格納庫と思われる場所を目指して進んで行きます。


「なんだか、すいすい行けます……」


 初めて来た場所。全く知らない通路。なのに不思議と足は止まりません。

 どうしてなんでしょう。まるで吸い寄せられているよう。

 誰かに、導かれているように私は突き進み、格納庫に辿り着きました。


「ついた……確か、マグマに突入するためにレッド……なんとかってロボットで行くって……」


 薄暗い非常灯だけがついた格納庫。

 大きな、高さで言うと十メートルはある奇妙な形をした戦闘機が鉄のアームで宙に固定されていました。

 緑の盾に平べったい斧のような機体、細長い青い機体、いろいろありました。その中にはヒラメのようなオレンジ色の機体。アギさんが乗っていたのもあります。


「あった……多分これです。レッドミカエル……」


 赤いナイフに戦闘機の翼を付けたような戦闘機。ところどころ電飾のラインがあり、そこが赤い半透明のガラスで覆われています。起動すると恐らくそこが輝くのでしょう。

 私は壁沿いにあった梯子を上ると、機体の中心部へ向けられている足場を通ります。

 金属のワイヤーで天井に固定されている簡単な空中通路。

 簡単に音が鳴りそうなその足場の上を慎重に通り抜けると、赤い機体の丁度真ん中にあるハッチに辿り着きます。

 恐らくここが赤い機体、レッドミカエルのコックピット。

 そのハッチの隣には記号でいうところのΘしーた型のレバーがあり掴んで、回すとハッチが開き、操縦席が見えます。


「………ッ!」


 意を決してその座席に飛び、座ります。

 案外座り心地は良かったです。


「……えぇっと……戦闘機には初めて乗りますけど……でも、アイアンリーグ部のサイさんからエアロレース用の競技ロボットの乗り方は習っています。授業でも何度か作業用のロボットの乗り方は習っていますから。これくらい……」


 学校に備え付けられているスポーツアイアンと呼ばれる競技ロボットの使い方を思い出しながら、電源ボタンを押すとブゥンと音がして赤い戦闘機は起動しました。


「行ける……!」


 私は学校での体育の成績はS。

 体育には、ロボットを乗って競技をするアイアンリーグも含まれています。


「多分、ここが競技用ロボットで言うシュートボタンですから……」


 座席の真正面にある操縦桿、その親指の位置にあたるボタンを押して見ます。


 ババババババッ!


 赤い機体の両翼の下からビームマシンガンが撃ち出、前方にあるハッチを破壊しました。

 衝撃で歪んで穴が開いた鉄の扉の奥から星明かりが満ちた夜空と風が来ます。


「おい! 誰だ⁉ 誰が乗っている⁉」


 格納庫入口から声が聴こえます。

 アギさんです。

 騒ぎを聞きつけて急いで飛んできたのか、髪は乱れて……そのチャックが開いていました。


「すいません! ちょっとお借りします!」


 私は今、レッドミカエルという戦闘機の中に居て、彼の姿も機体に備え付けられているカメラ越しにモニターで確認しています。

 だから声を発したとしても何重の鉄の壁に遮られて届くはずがないことはわかっているのですが、謝らずにはいられません。

 エンジンを点火し、機体の拘束を外し、レバーを引きます。


「すいません!」


 ゴウッ! 


 音を立ててレッドミカエルは飛びました。

 火星の夜空へ向かってヴァンガード号の壊れたハッチから———。

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