第18話 諦めきれないこの気持ち
「……ハッ!」
暗い牢獄の中で私はまた眼が覚めました。
「起きたかよ」
男の子の声がします。
じろりと目を横に向けると、背もたれを前にしてそれを抱くように座っているサングラスの男の子がいました。
「あなた……またいるんですね?」
「あなたじゃねぇ、アギだ。言凪ノア」
「…………」
体にかけられていたブランケットを掴んで体を起こします。
「ここは一体何なんですか……? 空飛ぶ軍艦に、ロボットに、ばけも……お魚の人間はいるし、私にはもう……何が何だか……」
「ここは現実だ。お前ら、都市市民は何もない平穏だけを享受している。その足元では俺達みたいな下等生物が必死に足掻いて暮らしているんだよ。地上の人間はお前らのような純粋なホモサピエンスももちろんいるが、長い歴史の中で体を改造されたバケモンの末裔もいる。そしてそういうやつは常に……」
そこまで言って、男の子は、アギは憂いを帯びた目を伏せます。
「何です?」
「いや、お嬢ちゃんにはまだ早い話だったな……今言っても仕方ねぇや」
その態度は明らかに私を子供扱いしていて、それが見え透いてて、少し私の神経を逆なでます。
「ムッ……でも、あなたは普通に見えますけど」
「まぁ、俺は特別だからな……クスリを飲んで誤魔化している」
自嘲気味に笑って肩をすくめました。
「じゃあ、あなたも魚人なんですか?」
「ミュータント。俺達は心が広いから許してやれるが、普通ぶん殴られるぞ。純粋なホモサピエンス以外はそう呼ぶこったな、言凪ノア。ミュータントっていう言葉には変異した人類って意味が主だが、進化した人類っていうニュアンスもある。だから、普通の
「…………ごめんなさい」
混乱していた頭が冷えて、自分がどんなに失礼なことをしていたのか、ようやく気付いて猛烈な罪悪感におそわれました。
「いいって。ここでおとなしくしてればそれで」
「あの……アギ、アギさん。私はお姉ちゃんに会えるのでしょうか?」
「あ?」
「そのために、ここまで来たんです。サイさんに告白するのもやめて、明日から楽しい夏休みがあるはずなのにそれを捨てて、ただ、お姉ちゃんに会うために。生きているかもしれない人と会うために」
「どうしてそこまでこだわる? 三年前の話だろう? いなくなった環境の変化に心も周りの連中も対応できているはずだ。もうお前は姉のいない日常を送り続けてそれで問題がないはずだ」
「———ッ!」
どうしてこの人はここまで無神経になれるのでしょう。
とことん、言葉の一つ一つが私の神経を逆なでします。
「あなたは大切な人を失ったことがないんですか? いきなり家族を失うっていうのは胸の中にぽっかりと穴が開くような感じなんです。いつも言えたおはようもおかえりなさいも言えなくて、いつも一緒に行っていた喫茶店にも行くことができない。あの人のぬくもりに触れたいけれど、二度と触れることができない。大切な人を失うっていうのはそんな悲しい事なんですよ」
アギさんに自分がどれだけ姉を失くして辛かったか訴えましたが、アギさんは眉一つ動かしません。
全く、私の気持ちは響いていないようでした。
「わからんね」
でしょうね。という言葉を私はクッと押し殺しました。
「……もう、いいです」
ベッドに再び横になり、アギさんに背を向けます。
これ以上話をしたところで無駄だとアギさんも感じ取ったのか、ため息を吐いて立ち上がります。
「トイレ」
「……………」
トイレに行く、と言っているんでしょう。
ここは牢獄なのだから……汚い話、便器は備え付けられています。
そこですればいいじゃないですか、と苛ついて意地悪になった私の心は言いますが、喉を震わせ声として発しはしません。
思っても言わないということは大事なのです。
「……俺にはお前の気持ちはわからんね。なにしろ、俺の両親は俺が5つの時に両方死んじまった」
「え?」
「父親は機械のドローン兵に家ごと踏みつぶされて、母親は太ったオヤジに買われて毎日ズタボロに痛めつけられてある日動かなくなった。その後俺は商品として人の間を行きかって、気が付いたらこんな場所にいる。悲しいとか辛いとか思う間もなく、自分が生きるのに必死だったからな。普通の人間なら失って悲しいとか思うべきなんだろうが。地上って言うのは天上と違ってそんなナマ言ってられるほど甘い世界じゃないんだよ」
「————ッ」
アギさんは私に背中を向けたまま淡々と語ります。
その声色、平然としたたたずまいから彼は嘘をついていない。私の想像を絶する体験をし、それに慣れきってしまった悲しい人なんだと感じました。
「だから、頼むぜ。言凪ノア。もしかしたら、俺みたいな人間がこれから地上では出なくなるかもしれないからな……」
ガチャン……!
牢の外に彼が出て扉の鍵が閉められる音がしました。
そして、スタスタと彼が通路を歩いていく音が耳を打ちます。
「……………」
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