第17話 化物たちの船
戦闘機を奪ってここから逃げるそれだけを考えて走っているとハッチの前に人々がいるのが見えました。
———まずい!
そう思って足を止め近くの壁に身を隠します。
「あの人たちに見つからないようにしないと……」
遠目で姿かたちはわかりませんが、モップを持ってハッチ前の甲板を拭いている、掃除しているようです。
少し遠回りをして、こっそりと扉からハッチ内部に入る。
そう計画し、掃除している人たちとは逆側に壁沿いに回り込もうと身を反転させた瞬間です。
「おんやぁ? お前こんなところで何してんだァ?」
目の前に背の高い男の人がいました。
しまった。
心の中でそうつぶやきます。
「あ、あの……私この船に紛れ込んできちゃって……それで今から帰るところで」
男の人の顔はまだ見えません。
私は彼の胸に向かって、必死に今考えている言い訳をぶつけ、じわじわと視線を上げていきます。
「紛れ込んだぁ? 普通の人間がこんな場所にかぁ? どうやって?」
「あの、それは……!」
なんとかこの状況を切り抜けようと顔を上げたその時です。
異常に気が付きました。
私はその男の人の顔を見てしまったのです。
「—————え」
タコ男。
吸盤のある触手のような髭を生やし、毛の一本も生えていない頭で、ぬるぬるとした皮膚をした、頭がタコで体が男の人の、半魚人でした。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああ‼」
「うわあああああああああああああああああああああああああっっ⁉」
私は悲鳴を上げてパニックに陥り、そのタコ男から逃げ出したい一心で走り出しました。
後ろでタコ男も悲鳴を上げていましたが関係ありません。
「あ、あの‼ あそこに変な男の人が!」
必死で正常な判断ができていなかったのでしょう。
私は甲板を掃除していた海賊団の人たちに助けを求めてしまったのです。
バンダナをはめたストライプのティーシャツを着た小柄な男の人へむけて縋りつき、タコ男のいた壁の方を指さします。
「あ、なんだい? お嬢ちゃんか? 言凪ノアっていう」とバンダナの人は振り返らずに声を掛けます。
「はい! あの、あそこに化物が!」
「化物ってそりゃひでえな……その化物っていうのは……」
バンダナの男の人が振り返ります。
「こんな顔だったかい?」
ギョロリとした目に、首にはエラがついた魚顔。腕にはキラリと輝く鱗が張り付いて覆う。
そして、ヌメヌメとした肌……。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
この人も半魚人でした。
「おい、言凪お嬢ちゃん。あんたどうしてここにいる。俺達に会わせたくないから船長は、」
「いやっ! いやっ! いやっ!」
そしてまた半狂乱になりながら私に向けて手を伸ばすサカナ男の手をすり抜け、その場にいた人々に次から次へと助けを求めようとしました。
「ん?」「おい!」「何だよ!」
全て、全員ダメでした。
何故ならその場には魚人間しかいなかったのです。
頭がTの字になっているハンマーヘッドシャークのような魚人。サザエのようならせん状のヘルメットが頭と一体化しているヤドカリ男。額の先から光る提灯を伸ばすアンコウの魚人。
全員が全員此の世の者とは思えない異形の人々でした。
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
私は悲鳴を上げてその場にへたり込んでしまいます。
「お~い、嬢ちゃん。大丈夫かぃ?」
いつのまにやら背後に立っていたタコ男が肩に手を乗せますが、恐怖でその手を振りはらって後ろに後ずさってしまいます。
「あ~、やっぱ温室育ちの嬢ちゃんにはきつすぎたか?」
「そうなんだな、ガハハハハハハ!」
そして、半魚人集団が大笑いをします。
「ひ、ヒィ……なんなんですか……なんなんですか。この船は……」
「ここはアビス海賊団。火星の地表でもつまはじきにされた者たちの行きつく先さ」
海賊帽子を被った女の人がカツカツとブーツの音を立てて近寄ってきます。
眼帯をしていますが、あの人はまとも、普通の人間そうでした。
「あ、あの……! 助けてください! ここには化物しかいないんですか⁉」
私はその海賊帽子の女の人に、さっき自分が何を言ったのかもすっかり忘れて縋りつきます。
「そうだよ。そして私も……」
女の人は眼帯を外します。
そこにあったのは空虚な穴。
目はありません。
ただ、そこから何かが伸びてきます。
「ヒィッ……!」
触手です。
オレンジ色の小さな触手が伸びて私の首筋をチクリと刺します。
「あ」
「私も化物だ。ここにいるのは地球の環境変化、火星の劣悪環境。それに対応できるように人類以外の動物の遺伝子を組み合わせてできた実験動物———
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」」」
海賊帽子の女の人が声を上げると、他の船員も声を上げて手を振り上げます。
「私はアビス海賊団船長。ヘルガ・アビスガード。イソギンチャクの遺伝子を組み込まれたミュータントの子孫で、あんたに今、痺れ毒を打ち込んだ……」
頭がぼんやりとしてきました。
確かに海賊帽子を被った船長、ヘルガさんの言葉通り、全身が痺れています。
「また、少し眠れ。落ち着いたらまた話をしよう。空中都市で暮らしていたあんたは知らないことが多すぎる。いきなり異世界にひっぱりこまれたようなものだからね」
そしてくるりと踵を返して、カツカツとまた私から距離を取っていきます。
「ちげぇねぇ、ガハハハハハハハ!」
「化物だってよぉ」
「そりゃお前もだろうが。ワッハッハ!」
ヘルガさんと入れ違いで、サングラスの男の子が私に近寄り、ふらつく身体の肩を掴み、抱え上げます。
「何が……そんなに、おかしいんですか……?」
彼らの笑い声が耳をうちながら意識は途絶えました。
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