第15話 牢獄の内と外

 その時が、ようやく来たのです。

 半ばあきらめかけていた夢が、ようやく叶う時が———。

 今は私は、牢獄の中に居ますけど……。


「お願いです! 言凪イヴのことを知っているのなら、教えてください! 姉なんです。家族なんです。ずっと探していた大切な人なんです!」


 海賊帽子を被っている船長風の女の人に、私は懇願こんがんします。


「言凪イヴは、三年前に地上に来た」


 船長風の女の人は口を開きました。


「会ったんですか?」

「いいや、会ってはいない。遠目で見ていただけ。イヴがゼオンを使って楽園を開こうとしているところを、その儀式の席に私は出席していた」

「楽園を使って世界を開く? そっちの男の人も言っていましたけど、何なんです?」


 私が私を誘拐した男の子を指さすと彼は「アギだ!」と自分の名前を呼ぶように声を上げます。


「それは順を追って説明しよう。まずお前の気になるところは言凪イヴのことだろう?」


 船長風の女の人に若干威圧され、言葉を飲みます。

 確かにそれはそうでした。

 この人は姉の行方を知っているかもしれない。ならばとりあえずそのことに集中するべきでした。


「あなたは、言凪イヴがいまどこにいるのか、知っているのですか?」

「知っている。ボルカ帝国だ」

「まだ……」


 まだ、戦場に囚われているのですか。


「でも、生きているんですね……」

「あれを生きていると言っていいのかわからないがな」

「え?」

「ボルカ帝国にはいる。だが、死んだものと思った方がいい。イヴにはもう人間としての意識は残っていないだろう。本来はお前は知るはずだったが、その必要もなくなった。もう忘れろ。そして言凪ノア。お前にはそんな第二第三の言凪イヴが出ないようにしろ。楽園に向かうんだ」

「ちょ、ちょっと待ってください! 生きているんですよね? お姉ちゃんは、なら会いたいです!」

「会わない方がいい」

「どうして⁉」

「言凪イヴがさらわれた真実を伝えよう。言凪ノア」


 船長風の女の人は私を指さしました。


「お前と間違われたからだ」

「……私?」

「そうだ。火星を、人類を救うと言われる〝創世の巫女〟。その血を引く言凪の人間。『巫女はゼオンを駆り世界を創る』。ダイモス遺跡の碑文にそう記されていた」

「ダイモス遺跡……」


 それは千年間に消滅した火星の衛星、地球で言う月のような星———ダイモス。

 それの調査中に見つかった謎のピラミッド型の石造物。台形の形をしていたその遺跡のようなものの内部には文字や石像のような物が見つかっている。だけど、その頃に火星の、それも衛星に文明があったことなど考えられず、発見された文字や石像も削れやヒビ割れで果たしてそれが人工物なのかどうかも怪しい状態であったことから、恐らくダイモスの気候により偶然生まれた自然物だろうという見方が一般的でした。

 ですが、それからも火星上では様々な文字や石像、遺跡のような物が発見され、にわかに噂されていることがあるのです。

 それが、火星古代文明説。

 人類が地球で文明を築く遥か昔に火星でも文明が築かれていたのではないかという説です。

 都市伝説のような話で、にわかには信じられていませんでしたが、あのゼオンと言う巨人。

 私が乗っていたアレはあきらかに今の人類の文明とは違うものでした。


「あれは、ゼオンって何なんですか?」

「火星上で発見された人型の兵器だ。古代の火星人か、それとも別宇宙からの流れ者か。誰が作ったかはわからんが、少なくともお前らホモサピエンスや我々のような現代火星人ではない。地球から派生した文明の産物ではないのは確かだ。故に超常の力が使える」

「超常の……」


 船長風の女の人の言葉はいちいちわかりづらいです。

 私のことをホモサピエンスという生物の分類としての名前で呼んだり、自分のことを現代火星人という時間軸に基づいた文化人としての呼称を使ったり、ちぐはぐで混乱します。


「超能力ってことですか?」

「我々とは違う文明、文化の存在だ。ゼオンの発生させる事象は我々には理解ができない。物理法則も因果関係も捻じ曲げる。いや、ゼオンは全く別のことわり で動く。あの火星の太古の巨神はそういう存在だ」

「神様……みたいなものですか?」


 コクリと船長風の女性は頷いた。


「さて、そのゼオンと言凪イヴなのだが……三年前、何が起きたか。起きてしまったのか。直接見た方が早いだろう」


 船長風の女の人は腕に付けられていた腕時計型の空中映像プロジェクターを操作し、立体映像を右腕の上に映し出します。

 それは地図でした。


「予定通り、大滑穴だいかっけつ上だな。よし、来い。言凪ノア」


 そして彼女は体を四十五度回転させて、通路をカッカッと音を立てて歩いていきます。


「どこへですか?」

「甲板だ。風に当たろう」

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