第13話 海賊船ヴァンガード号にて
ぺしぺし、ぺしぺし……。
「………ん?」
軽く頬を叩かれる感覚で、眼が覚めます。
「おい、いつまで寝てんだ。おい!」
男の子の顔がありました。釣り眼で鋭い刃が特徴的などう猛な肉食獣のような印象の男の子。
サイさんのような柔らかな雰囲気がある人とは全く違う———、
「きゃあああああああああああああああああああああああああああ!」
ゴッ!
私は本能的に彼の顎に掌底を叩きこみ、「べぶしッ!」と変な声を上げて後ろに倒れていく彼の隙をついて思いっきり距離を取り、私の身体を包む白シャツをギュッと握りしめて内側へとやりました。
「あ、あなた誰です⁉ ここは……どこなんで……」
周りを見ます。
薄暗い四角い部屋。
明かりは天井にある電球ひとつで四畳くらいしかスペースがなく、その中でベッドが一つ。壁の四面の内の一つは鉄格子が付けられ、その内の一つには便器が取り付けられていました。
まるで牢獄の中のような場所……。
「本当にどこなんです……?」
「アビス海賊団の海賊船、ヴァンガード号の中だよ」
顎をおさえながら男の子が起き上がります。
「お前は俺に捕まったんだ」
「捕まった……」
ここに至るまでの記憶を呼び起こします。
私は巨人ゼオンに乗って海の中を歩いて外に出ようと……。
「あっ! あの時の円盤!」
その途中で謎の円盤に襲われて気絶をしてしまったのでした。
その状況、そしてここでこうして男の子と対面している。そこから導き出される答えはただ一つ。
そう言わんばかりに男の子を指さすと、彼は頷いて肯定します。
「ああ、あれ———お前が言う円盤、トワイライトプットに乗っていたのは俺だ」
「どうして私を刺したんですか! あんな大きなものでブッスリと!」
「言い方……狙ってんのか?」
「何がです?」
「……まぁいい、拘束するに決まってんだろう。お前はゼオンに乗っていた。まだ覚醒していなかったとはいえ、本気を出されたら手が付けられやしないからな。隙をついて拘束する。これ当たり前」
肩をすくめる男の子。
「……こんな場所に連れてきて、どういうつもりなんです?」
「どういうつもりも何も、お前だってその気だったんだろう?」
「その気って……」
「俺達についてこの世界を救うことを決めたんだろう?」
「……救うって、そんなつもりは……私はただお姉ちゃんを探したかっただけで」
「———その姉というのは言凪イヴのことか?」
女の人の声が聴こえます。
ふと横を見ると柵の向こう側に海賊帽をかぶった眼帯をつけた女の人がいました。
「あなたは……?」
「アビス海賊団船長、ヘルガ・アビスガード。あんたを攫った人間のリーダーだよ。言凪ノア」
「……あの、私のお姉ちゃんを知っているんですか? 三年前に攫われた私の姉のことを……」
「攫われた?」と男の子が聞きます。
「ええ、夜、一人で歩いていたところを誰かに攫われたんです。私たち家族がいくら待っても帰ってこなくて、その当時ボルカ帝国とタルタルガ共和国の戦争があって、人手が足りないボルカ帝国が人さらいをして、攫った人を兵士として使っているって話があって、警察の人はそれだろうって……」
「ふ~ん」
興味がなさそうな男の子のリアクションにカチンと来てしまいます。
あの時私が私たちがどれだけ大変だったか、悲しい思いをしたのか、彼はわかっていませんでした。
家族の一人がある日ふっと消えるようにいなくなる。
それがどんなに怖い事なのか。
変わらない日々から急に別の場所に叩き落されるようなそんな落下するような変化がどれだけ辛いのか、この子にわからせたい。
そう思って私は声を荒げました。
「ふ~ん、って……辛かったんですよ! 朝、普通に一緒に学校に行って、お姉ちゃんは部活があるから変える時間は別々で、お母さんと夕ご飯のハンバーグを作って待っていたのに、どんなに待っても待ってもお姉ちゃんは帰ってこないんです。お父さんが帰って来ても、次の日になっても帰ってこなくて。それで、スーツを着た男の人と一緒に黒塗りの車に乗ってどこかに行ったって近所の戸田さんが見ていて、それがボルカの人さらいと手口が典型的に似通っていて、お姉ちゃんは地上に攫われてしまったんだって。そこで兵士として戦わされているんだって聞いて。いてもたってもいられなかったのに。お父さんもお母さんももうお姉ちゃんは死んでいるって、諦めるように言って……兵士に成って最前線に送り込まれているのなら生きているわけがないっていって、忘れるように言って……探そうともしない! お姉ちゃんはまだ……生きているかもしれないのに……!」
そう感情が溢れると、あの日のことを思い出してしまいます。
お姉ちゃんが急にいなくなった。
消えてしまった、あの春の日のことを……。
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