第12話 夢の中で

 ざー、ざー、と波が寄せては帰っていきます。

 月明りが照らす砂浜の上。


「ここは……」


 私の街の近くの唯ヶ浜でした。

 そこを私は裸足で歩いています。


「どうしてこんな場所にいるんでしょう……」

「ノア」


 名を呼ばれてそちらを見ます。

 海の上を。


「お姉ちゃん!」


 蒼い瞳に髪を左右で結んだ女の子が、宙に浮いていました。

 彼女は真っ赤なドレスを着ていました。それはボロボロなドレスです。まるで裾が破れたようにビリビリに揺らめき、それが色とあいまって炎のような印象を持たせます。


「違う……あなたは……」

「そう、私はあなたの姉じゃない。私はあなた、あなたは私」

「ゼオンさん、ですね……」


 彼女は頷きます。鏡の中にいた、私を導いた人。


「あなたは、一体何なんですか? どうして私があんな巨大なロボットを、ゼオンに乗ることになったんですか?」

「あれは……これはずっとあなたを待っていた。何万年も昔から。あなたたちが蒼い星に移り住んだ時からずっとあそこで復活の時を待っていた」

「どういうことですか? 旧校舎にずっといたっていうことですか?」

「私はわずかに人の心を操ることができる。それであそこに埋めてもらった。私があなたを見つけられるように。あの蒼い星から帰ってくる人が住みつく空浮かぶ島の子供たちを、いつでも見られる場所に埋めてもらっていた」

「どういうことですか? あなたは地球からいた幽霊じゃ……」


 彼女は首を振りました。


「私はあなた、あなたは私」


 その言葉に私は眉を潜めます。


「またそれですか。さっきからあなた何を言っているのかよくわからないです。もっとはっきりしたことは言えないんですか?」


 苛立ちが募ってついついきつい言葉になってしまいます。

 私はいつもこんなではありません。

 やりすぎてしまったかなと、罪の意識にさいなまれていると、やはりやりすぎだったようでゼオンさんの眉毛が八の字になります。


「ごめんなさい。私はずっとこの星にいたから、この星を離れて変わってしまったあなたたちのことをまだよく理解できていなくて。言語も、感情も、ずっとあの旧校舎の下で見つめ続けて学んだだけのことしかわかっていない。だから、あなたを傷つけてしまうこともあるかもしれない」

「い、いえ、言い過ぎました……ゼオンさんはまだ、人と接するのに慣れていないってことですか?」

「そう」

「不器用なんですね」 

 そういうとゼオンさんは、恥ずかしそうにはにかみました。


 その表情を見た時、私の胸の中に何かが飛来しました。

 ときめき、というのでしょうか?

 私は彼女を神様や精霊のような、人間とは全く違う感情の持っていない神秘的な存在だと思い込んでいました。

 でも違うんです。

 彼女にも感情があるんです。

 それに気が付いて、なんだかドキッと胸が高鳴ってしまったのです。


「ゼオンさん。私あなたに名前を付けていいですか?」

「名前?」

「だって、ロボットもあなたも同じ名前ですから。あなたはあなただっていう名前で呼びたいんです」

「名前、私はあなたの写し身でしかないのに」

「でも、ちゃんと感情があるなら、ちゃんと女の子として扱わないと。そうですね」


 何がいいかなと思った時に、彼女の真っ赤なドレスが目に入りました。

 今朝食べたリンゴの皮のような真っ赤な色……。


「リンちゃん、っていうのはどうでしょう?」

「リン?」

「ええ、凛とする。とか、鈴、とかそういう意味の「リン」です」

「リン、リン、リン……」


 彼女は何度も名前を呼びました。

 自らの名前を嬉しそうに……。

 そんな様子を見てしまうと、思わず苦笑が漏れ出てしまいます。

 とても林檎の〝りん〟からとったなんて言えません。


「ありがとう、ノア。あなたに辛い運命を課す私に名前を付けてくれるなんて———相変らず優しいのね」

「いえ、そんな別に……それよりも、辛い運命って何のことですか? 私は何をすればいいんですか?」


 あのサングラスの男の子も言っていました。

 私には何か使命があると。

 そう聞くと、リンさんは遠くを、海岸線に沿った山の方を指さします。

 東の方角です。


「楽園に行くの」

「楽園?」

「そこで私を使って、今度こそ本当の楽園を作るの」

「???」


 楽園に〝行く〟のなら、〝作る〟も何もないのではないですか? 

 既にそこに〝ある〟場所にいくのでしょう?


「あの———、」

「お~い、ノアちゃ~ん!」


 後ろから、名前を呼ばれました。

 振り返ります。


「……! サイさん」


 砂浜と道路の境目にある階段の上にサイさんが立っていました。

 私に向かって手を振っています。

 私はダッとサイさんに向かって駆け出していきます。

 そういう衝動にかられたからです。

 砂を踏みしめて、蹴り、一目散に彼の前に辿り着くと、


「サイさん! もう、会えないかと……私、私、あなたのことが———、」

「あ? 何言ってんだテメェ?」

「え」


 顔を上げます。

 そこにいたのはサイさんではなく、サングラスをかけた男の子でした。

 牙のような八重歯を見せつけて、彼は私に手を伸ばします。


「寝ぼけたこと言ってんじゃねぇぞ。早く起きろ、このバカ」


「バ…………ッ!」


 そして彼は私の頬に手を伸ばし………!

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