第11話 空の上の海の上で
ゼオンのコアの中。
巨大なロボットの操縦室なのだからコックピットなのだろうと思ったら姉の顔をしたゼオンさんに「操縦じゃなくてノアの脳波を感じ取っているだけ。ここはゼオンの、私の心臓。だから
確かにこの空間は単純な戦闘機やロボットのコックピットとは違います。全然、違います。
薄赤い液体に満たされている球体状の部屋。壁は生物の内臓のような血管のような物が浮き出ているもので不気味です。その中で私の目の前には宙に浮く鏡のようなものがあり、外の光景を映し出しています。
日が沈みゆく、黄昏時の海の光景を。
どこまでも広がっていく海の光景を———。
「あ、足が……」
「どうしたの? ノア」
「もう、足がつかなくなりました……」
私は完全にゼオンという名前の巨人と一体化していました。感覚を共有していました。
冷たい海の水の感触も。
足先にめり込む砂の感触も。
まるで裸のままで海に入っているような感触です。
そう考えると、かなり恥ずかしいです。
裸のまま体が大きくなってしまったような感覚。あのまま街に居続けずに出ることを選んだのは正解だったのかもしれません。ここなら誰も見ている人はいないから。
「泳ぐしかないんですね」
私は手を使って海の上を進んで行きます。
手で海面を掻き、両脚をカエルみたいに広げて水を蹴って進みます。
やっぱりここに人がいなくて良かったです。
今の私はマヌケでしょうから。
海の上を平泳ぎする巨人なんて、滑稽でしかありません。
「さっきから、何をやっているの? ノア」
「だって、泳がないと。街の外にでれませんよ」
空中都市ジパングの外に出るには、この海とその先の雲の海を越えなければいけません。そのためには泳ぐしかないんです。
「そんなことは、ないでしょう? あなたには翼があるじゃない」
「それは……そうですけど。確かにこのゼオンさんには翼が付いてますけど……でもできません。私、空なんて飛んだことがないですから」
巨人の背中には翼が付いています。
そして私は巨人と感覚を共有し、自分の手足のように扱うことはできますが翼は別問題です。背中に生える翼なんてあっても、私は背中に翼がある人間ではありませんから当然今まで使ったことがありません。
だからどういう風に筋肉を動かせばはためくのかなんてわかるわけがありません。
「でも、そんな悠長なことを言っていられる?」
「どうしてです? 確かにあの攻めてきた軍艦は見失いましたけど……」
「追手が来ているよ」
「え⁉」
後ろを振り返ります。
そこには———何もいません。
ただ、新カマクラ市の街があるだけでした。
「お、脅かさないでくださいよ……誰もいないじゃ、」
ズド……ッ!
「———ぇあ?」
鋭い痛みが胸に走りました。
下を見ます。
光る大きな棒が、ゼオンの胸に刺さっていました。
「いっ、痛い痛い痛い痛い‼」
胸を押さえます。
まさか痛覚まで共有しているとは……。
激痛で腰を曲げながらも、目を凝らします。
どこから……⁉ どこから飛んできたんですか……⁉
「いるよ、あなたに悪意を持った敵が」
ゼオンさんが言います。
「悪意……ゼオンさん! それは何処ですか⁉」
「わからない。声が聞こえないから」
「そんな……!」
ズド……ッ!
再び、痛みが走ります。
先ほど刺された場所の少し下。ほぼ同じ位置と言っていい場所。
そこに光の棒が刺さっていました。
「あ……」
いいえ、これは棒ではありません。
矢————。
激痛で意識が朦朧としてきました。
段々と、ゆっくりと、まぶたが下がっていきます。
ぼんやりとした視界の中で、私を襲ってきた
空がゆらゆらと不自然に揺れて、風に吹かれるように透明な何かが飛んでいきます。
それは、布。
カメレオンのように後ろの景色を映し出し同化する。保護色マントでした。
それを被っていたのは大きな空飛ぶエイ。いいえ、平べったくて円盤状の姿をしていたからそう見えただけで、かなりメカニカルな質感を持っていました。
戦闘機です。
恐らく、街を襲ったものと同じ……。
その円盤のような戦闘機は私に、ゼオンにゆっくりと近づき、海にざぶんと入ると巨人の身体を持ちあげました。
そして乗せたまま浮上するとそのまま海と平行に空をスライドして飛んでいきます。
……ああ、このままどこかに運ばれてしまうのでしょう。
私はもう、何もできませんでした。
ごめんなさい、ゼオンさん。
口を動かすこともできなかったので、眼だけで姉と同じ顔をした彼女に謝罪すると、彼女は無表情に私を見ていました。
見つめ続けていました。
「………?」
それから、私は断片的にしか覚えていません。
ゼオンを乗せた円盤は雲の海を抜けて、降下していきました。
その途中、私は離れていく故郷を見ました。
空に浮かぶ海。更にそこにぷかぷかと浮かぶドーム状の透明ガラスに包まれた空中都市ジパング。
どんどんと高く高く、ジパングは浮上していきます。
いいえ、私が下がっているのです。
ぐんぐんと地上に向かってゆっくりと。
天から下へ向かって降りていっているのです。
「お姉ちゃん……」
私の意識は、完全に途絶えました。
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