第10話 別れのとき
赤いロボットに抱き着いたまま走り……そして———、
「あああああああああああああああああ———————————————ッッッ‼」
唯ヶ浜に乗り上げている軍艦へ向けて思いっきり叩きつけました。
———ガッッッハ……ッ!
頭の中に赤いロボットのパイロットの息を吐く声が響きます。
その声を聴いてハッとしてしまいました。
「あ、だ、大丈夫ですか⁉」
———————。
頭の中に声は聞こえません。
もしかしたら、殺してしまったのかも……。
そう思いましたが、杞憂でした。
赤いロボットは動き出し、軍艦とゼオンの間をすり抜けるように上昇し、後ろに下がって甲板の上に乗ると、そのまま艦橋まで歩いて引っ込んでいきます。
「……終わった、んでしょうか……?」
直感的にそう思いました。
あたりに静寂が訪れたからです。
砲撃の音も、爆発の音も聞こえません。
ただ、パチパチと燃える音。
そして、風を切る音が聞こえて二つの胴部が異常に太い二機の戦闘機が赤いロボットに続くように、私の前にそびえ立っている軍艦に帰っていきます。
ゴオオオオオ……!
軍艦の両脇には鉄の翼とジェットエンジンが付けられています。
それが船首側に、前方へ向かって噴射され、ゆっくりと後方、海へ向かって船体を進めていきます。
帰っていく……。
ドームの自らが開けた穴へ軍艦は戻ろうとしているようです。
「………………」
「どうするの、ノア?」
お姉ちゃんの顔をしたゼオンさんが隣で問いかけます。私が今乗っているこの巨人も、隣にいるこの謎の女の子も同じ名前、ゼオンなのでややこしいです。
「どうする……って?」
「街に戻る? それともこの〝きっかけ〟を逃さずに、街を出る?」
「きっ……かけ……私が決めるんですか?」
ゼオンさんはコクリと頷きます。
後ろを振り返ります。
巨大ロボットに踏み荒らされ、戦闘機からの銃撃を受けた街はいたるところから火が上がり、混乱を極めています。
そして私は無意識にある場所に焦点を当ててしまうのです。
ユイハマ大学の屋上と、カマクラ第二中学のグラウンドです。
屋上には私をじっと見つめているサイさんと、グラウンドには寄り添っているトモさんとカグラさんがいます。二人の後ろには、トモさんを安心させようと背中に手を置いている田辺ユウキくん。
皆、私の大切な人々で、壊しちゃいけない人々です。
「卑怯です。そんな言い方……」
「そうだね」
私は、決めました。
右手を軽く上げて、手を振ります。
「行ってきます」
そして私は街に背を向けて去っていく軍艦へと歩を進めました。
▼ ▼ ▼
カマクラ第二中学校グラウンドの上で。
放課後の時間、ラクロス部の活動をしていた花立トモは突然の襲撃に混乱していた。
遠くで上がる爆発に、空を飛ぶ空中都市軍のドローン兵器。
日常を生きていたはずなのに突如戦争に叩き落されたような恐怖に襲われ、不安になっていたところに親友のカグラが寄り添い、幼馴染の田辺ユウキが声をかけてきた。
そのままグラウンドの真ん中で茫然としていると、また新たに巨人が現れた。
銀色の動く石像のような巨人が。
巨人は攻めてきた鉄のロボットたちを海に向かって追い払うと、こちらを見た。
そして、手を振ってきた。
———バイバイ。
トモの耳にはそう言っているように聞こえた。
「ノアちゃん?」
「え? トモ、どうしたの?」
心配そうに寄り添うカグラが尋ねるが、トモはハッと頭を上げ、
「ノアちゃん! ノアちゃんは何処⁉ ノアちゃんは……! 旧校舎の方に!」
「あ————‼」
カグラもハッとする。
あの巨人が出現した時、出現した場所。
そこはこの学校の旧校舎がある場所だった。
二人は最悪の可能性に気が付き、旧校舎へ向けて走り出した。
「ちょ、待てよ!」
その後を、サッカー部の田辺ユウキが追う。
▼ ▼ ▼
30分前のこと。
澄花サイはアイアンリーグ部の部活動の最中だった。
競技用の球体コックピットに手足だけ付けたようなビジュアルを度外視した2頭身マスコットキャラクタ―のようなロボット、アイアンに乗り、ロボバスケットをしている時にダンク音と間違わんばかりの爆音がコートに鳴り響いた。
パニックになった部長が避難指示をするが、ユイハマ大学では普段非常事態が起きた場合の避難訓練などは行っておらず、サイの周囲の学生たちは皆戸惑っていた。
空中都市は絶対安全である。
そういった大人たちの傲慢さが完全に浮き彫りになってしまったな。
サイはそう思った。
地面が揺れる。
とにかく、この状況が空中都市の反重力ジェネレータの異常なのか、それともささやかに噂される地表上のどこかの国からの進行がついに始まったのだろうか。
状況を把握しなければという冷静な分析と、単純で純粋な好奇心に駆られ、サイは大学校舎の屋上へと向かった。
そこで広がる景色は、まさに侵攻だった。
人型ロボットに変形する戦闘機。都市が配備していると報じられていた航空ドローン兵器。それらが空中都市の上空で争っていた。
「時が、きた……来てしまった……」
サイは呟いた。
地上からの侵攻が始まった。
ならば、自分は自分として、澄花サイとしての義務を果たさなければいけないと思った。
「ゼオンを目覚めさせなければ……」
ふいにその言葉が口を突いて出たが。
「……いや、僕にその資格は」
ズキリと胸が痛む。
罪の痛みだ。
良心の呵責だ。
胸に手を当てる。
そうして物思いにふけっていると、更にドーンと音が響いた。
「あれは……!」
新しい巨人だった。
近くに出現している。
「ゼオン……」
サイは名前を呼ぶ。
そして———それからはサイは見ていることしかできなかった。
巨人ゼオンが都市のドローンを全て破壊し、侵攻してきた地上勢力を追い返すまで。
サイはただ見つめつづけた。
やがて全てが終わり、敵戦艦が引き返していく。
ゼオンはその去る姿をじっと見つめていたと思ったらこちらに向かって手を振った。
「ノアちゃん……」
名を呟く。
サイの胸はまた痛んだ。
「すまない。イヴ。僕は何もできなかった。僕には彼女を守ることはできなかった」
クシャリと、眉間に皺が寄って泣きそうになる。
無力感が全身を襲って崩れ落ちそうになる。
ゼオンが背を向ける。
そして、ざぶざぶと海の中を進んで敵戦艦を追っていく。
彼女はもう、戻ってこないだろう……。
「ん……?」
ふと、視線に気が付く。
誰かが自分を見ている。
その気配の元を探り、屋上から周囲を見渡す。柵を掴み、下を見る。
「あいつ……!」
いた。
サングラスをかけた白シャツの少年。
彼はジッとサイを見つめ続けていた。
その視線にどこか、責められているようなものを感じてサイは視線を逸らす。
やがてサングラスの少年は、明らかにサイに気づいている様子で、彼に向かって鼻で笑うように、鼻息を吐いて顎をクイとあげるとまるでそれを合図にしていたかのように透明な陽炎が彼を包み、姿を隠す。
「あいつ……まさかノアちゃんを……! 逃げろ! ノアちゃん!」
陽炎はゆらゆらと空を走り、海を歩く巨人へ向かって飛んでいく。
サイには叫ぶことしかできない。
「くそ……っ!」
彼は柵に拳を叩きつける。無力な彼にできることはそれだけしかなかった。
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