第9話 ゼオン覚醒

 空中都市ジパング上、新カマクラ市の唯ヶ浜。

 砂をかき分けて、巨大な海賊船が乗り上げる。

 ドクロのマークをめり込ませながらも、そこにあり続け装甲が銃弾を弾く。


「一番砲塔、三番砲塔、四番砲塔……、」 


 ブリッジで海賊帽の女が手を振りかぶり、


「て———————‼」

「あいさー」


 大きなサザエを頭に乗せた砲手席に座る魚人がトリガーを引くと、海賊船の側部に取り付けられている三連レーザー砲が火を噴く。

 右側の前部、左側の前部と後部にそれぞれつけられているレーザー砲。数にして九つの砲台が火を噴き、それは空を飛ぶ黒い戦闘機ドローンを撃ち抜いた。


「まだか⁉ アギはまだ来ないか⁉ もう持ちこたえられないぞ!」


 海賊帽の女がブリッジの大窓を見据える。

 その分厚い強化ガラスの向こう側には、黒い鳥の群れのようなものが空を覆わんばかりに展開していた。

 あれらは全て、都市軍の操る戦闘用AIドローン、ブラックシャークだ。

 小型反重力ジェネレーターを搭載した高性能自動迎撃戦闘機が百機近くも向かってくる。

 それをこのアビス海賊団の海賊船の超火力、そして有する有人騎乗タイプ人型兵器、MGマルチギアによってなんとか迎撃している。


「クリオネ4、トワイライトプットの反応は本艦一キロメートル以内に感知。もうすぐ合流する……!」


 バンダナの魚人が円形のレーダー画面を見つめながら言う。そこには特に光る赤い明かりが四つ。中央からすぐそばに一つと、少し離れた場所に三つ点灯している。


「急がせろ!」

「どうやって? 潜入任務で都市軍に感づかれるといけねぇからって、無線機も何ももってねぇぜ。あいつは」

「ああそうだった!」


 苛立たし気に海賊帽の女は近くにあった手すりを叩く。


「だけど、クリオネ1……レッドミカエルたちはもう持ちこたえられない!」


 新カマクラ市の市街地。

 住宅街を真紅の巨大な機械天使が踏み荒らし、その手に持つガンポッドを連射している。


『ぜんぶもってけ~~~~~~~~~‼』


 そして、真紅の機体は両肩の六連ミサイルポッド二基を全開にして一斉に追尾ミサイルを発射するとブラックシャークへ向かう。

 ブラックシャークは空を縫うような異次元のジグザグ軌道で回避し、船首に付けられた機関銃を地上にいる真紅の機械天使にぶっ放す。


「く……!」


 銃の乱射を受けるレッドミカエルだが、それは機体の手前で突如塵になったように分解された。


確率共鳴場ブレイクフィールドにより何とか防御はできているが、エネルギーは無限じゃあねぇぞ!』


 通信機器からレッドミカエルのパイロットである女性の弱音が大きく発せられ、ブリッジに来る。


「ク……ッ! ソレイユ……あと少し、あと少しだ……!」


 海賊帽の女のレッドミカエルパイロットに対する励ましは、独り言となってブリッジにいる魚人たちに染み渡った。


「だろ⁉」

「ああ船長」


 バンダナの管制官が答える。


「新しい反応だ」

「何、」


 その瞬間、北の方角から光の柱が立ち上った。


「何の光だ⁉」


 海賊帽の女は、その光こそが潜入した仲間の合図かと期待した。

 巫女を確保するために、空中都市に忍び込ませていた仲間の。

 だが、その期待はすぐに打ち砕かれることになる。


「いや、違うな。これは、」とバンダナの男が否定し、

「ゼオンだ」


 そう、告げる。

 強い光が収まっていき、中に人型のシルエットが見える。

 翼を付けた流線型の鎧を付けた巨人の姿が。


「ぜ、おん……なんで、こんな場所に……」


 光が消える。


 そこにいたのは———白銀の天使。

 街を踏み荒らす金属的な機械天使たちとは違った生物的な存在もの

 なめらかで丸みを帯びた虫の外殻のような鎧。両肩と腰の部分は特に大きなパーツが付けられ、頭部には天使を思わせる日輪をつけている。古代日本の兵士の像を思い起こさせる。いや、その二つを合わせたようなものだと思っていい。

 だが、そんな荒々しさを思い起こさせる蟲や武士とは決定的に違う、柔らかな優しさを感じさせる部位がその巨人にはあった。

 背中に生えている白鳥のような純白な羽毛に包まれた二つの翼と、その兜の下にある女神像のような顔である。

 神秘さを兼ね備えたヴィーナスのような顔立ち。

 そこから連想させられるのは、無粋な海賊たちが操る機械天使でも、無機質なAI兵器でもない。もっと太古に存在した戦の女神ヴァルキュリアのような存在だ。

 そして、『ゼオン』と呼ばれた巨人の口が開く。


 ホォ—————————————————————————————————。


 咆哮が発せれる。

 咆哮は大気を震わす超音波と化し、空を飛ぶ無数のドローン兵器を襲った。

 ぐしゃり。

 その全てが一斉にひしゃげてまがり、べこべこに装甲が凹んだかと思うと内側へと身を縮めるように収縮し———ジェネレーターから火が噴き出し、やがて爆発の炎と風が空に大量の花火を作り出した。

 沈みゆく夕焼けよりもあかいオレンジの光が新カマクラ市上空で上がり、白銀の巨人のボディを光り輝かせた。

 その、光を帯びた目が、瞳はないガラスのような両眼が、次は空から地上にいる真紅の機械天使に向けられる。



▼   ▼   ▼


 私は何か暖かな水の中に居ました。


「ここは……?」

「ここは私の中、あなたは私と一体になったの」


 声が聞こえて隣を見ます。

 そこにはお姉ちゃん、言凪イヴの姿をした誰かがいました。


「お姉……ちゃん?」

「私はあなたの姉じゃない」


 それはもうわかっていました。

 ただ、姉の姿をしているので、どうしても恋しくてそう呼んでしまうのです。


「あなたは私の名前を知っているはず」

「……ゼオンさん。ですよね?」


 なぜか心に浮かんだその名前を呼ぶと、お姉ちゃんの顔をした誰かはニコリと笑いました。


「そうだよ。五十万年ぶり、ノア。私はずっと、ずっとここであなたを待ち続けていた。あなたがこの世界を作るその時を。待ち望んでいた。さぁ行こうノア」


 お姉ちゃん……いいえ、ゼオンさんが前を指さします。

 その先には唯ヶ浜があり、ドームが砕けてできた穴が見えました。


「始まりの地へ向かうんだ」

「始まりの……地……?」


 外に、出られる。

 ようやく外に……。


「でも、私お父さんやお母さんにまだ何も言っていません! それに、それに、私は、私はサイさんに告白するつもりで旧校舎に来たんです。こんなことになるなんて思っていなくて……」

「そう? ならやめる?」


 ゼオンさんは特に残念そうでもなく、そう問いかけます。


「え……?」

「準備ができてないことを理由にやめたいのなら、やめればいい。あなたの自由。だけどあなたは姉を、三年前に言凪イヴが攫われたと知った時、助け出したいと思ったんでしょう。助けようともせずにこの安全な都市に引きこもり続けて娘を死んだことに仕立て上げた両親を内心嫌っていたんでしょう。そんな嫌いな人たちにまだ従い続けたいのなら、やめればいい。ここに残ればいい」

「そんな言い方、卑怯です……」

「そう、でも決めるのはあなたよ」

「わ、私が……」


 決められません。

 決めたくありません。

 私は———やっぱり真面目ないい子ちゃんなのです。

 〝真面目〟というのは、やはり良い事ではないのです。ただ臆病なだけなのです。人を傷つけたくない、傷つきたくもない。だから、波風立たずに暮らしていきたい。そう思い続けているのが、願い続けているのが私なのです。

 でも————、


「このままじゃ……」


 前を見ます。

 そこには外の風景が、新カマクラ市の今の光景が広がっていました。

 先ほどは疑問を持ちませんでしたがなにか魔法ような力で私の正面には外の光景を映し出す鏡のような物が浮かび、私の考えを読み取っているのか、「ここが見たい」と想像するだけで、思った通りの視点になったり拡大したりします。

 海岸には軍艦が乗り上げ、ロボットが街を踏み荒らしています。

 それが現在の私の生まれ育った町の現状です。

 私の家、言凪の家は幸運なことにまだ無事でした。お母さんは今の時間帯は私の晩御飯を作っているかもしれません。お父さんは会社から帰る車の中でしょう。巻き込まれていないことを祈ります。

 そして、足元にはユイハマ大学が見えます。


「あ————」


 屋上に男の人の姿が見えました。


「サイさん……」


 澄花サイさん……私の好きな人。不安そうに私を、いえ私が中にいるこの謎の巨人、ゼオンを見つめていたのです。

 私は本当なら今、あなたと学校前で会い、勇気を振り絞って告白するはずでした。

 新しい、日常を過ごそうと、そう思っていました。

 それなのに……どうしてこうなってしまったんでしょう……。


 ———言凪ノアァ!


「えっ⁉」


 突然乱暴な声が頭の中に響いてびっくりしてしまいます。


「来てるよ」


 声のした方に意識を向けると、そこには背中から火を噴き、街の上空を飛んで接近する赤いロボットがいました。


 ———一緒に来てもらうぞう、言凪ノア!


 そこから女の人の声が聴こえます。


「何です⁉ この声!」

「あの機械の中にいる人の声だね。強い意志をぶつけられている。だから声としてあなたは受信してしまう」

「受信……⁉」

「創世の巫女であるあなたは例え距離があろうとも人の心を感じ取ってしまう。元々のあなたの力だけど普段は制限されている。それが私の中にいることによって解除されている」

「テレパシーってことですか?」

「聞いている暇、ある?」


 ゼオンさんの方を呑気に見ている場合じゃありませんでした。

 赤いロボットはその機体自身とほぼ変わらないほどの大きさの大剣を振りかざし、私に向かって、いえ、私が乗っているゼオンに向かって斬りかかってきます。


 ————大人しくぶった切られて、中身だけ持って行かせてもらう!


 あの人、ゼオンだけ切って私を引きずりだすつもりです!

 なら、避けないと……。


「ダメです!」


 言葉にします。

 本当に、ダメだからです。

 今、私はカマクラ第二中学校の敷地内に居ます。そのグラウンドにはまだ、トモさんとカグラさんがいるはずです。

 避けたりなんかしたら、私の大切な友達がどうなるかわかったものじゃあありません!


「こんな場所で戦っていいはずがありません!」


 私は、一歩踏み出しました。


 ————何⁉


「あなたたちにも、理由や言い分はあるんでしょうけど!」


 両腕を上に、振りかぶっている赤いロボットに向かって私は、ゼオンを思いっきり抱きつかせました。


「人の迷惑は、ちゃんと考えてください!」


 そのまま、足元を気を付けながら踏ん張ります。

 なるべく道路の上を、車がいない車道の上を気を使って踏みしめて、赤いロボットを海の方へ、海の方へと押し出していきます。


 ———ふ、ざ、けるなぁ! 抱き着いて押し出して! スモウをしているつもりかテメェは! 戦うつもりはあるのか⁉


 ゼオンの力はもの凄いです。

 赤いロボットは背中からジェットを噴射させて、爆発の力でこの巨人を押しているのに、全くものともせずにグイグイと押していきます。


「ここは街なんです! 人が暮らす場所なんです! 人が死んだら取り返しがつかないし家が壊れたら悲しくなるんです! 踏み荒らしていい場所じゃあないんです! もっとゆっくりとする場所なんです! 戦うんなら、ちゃんと場所を考えなきゃダメでしょう!」


 ダン、ダン、ダンダンダンダンッ‼

 アスファルトの地面を踏み砕きながら、ゼオンは走ります。

 赤いロボットに抱き着いたまま走り……そして———、


「あああああああああああああああああ———————————————ッッッ‼」


 唯ヶ浜に乗り上げている軍艦へ向けて思いっきり叩きつけました。

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