第3話 わたしのお友達

「お~い、ノアちゃ~ん!」


 進行方向の遠くから手を振っている二人の女の子がいます。

 細くて少し吊り上がった猫のような印象を持つ女の子と、ボサボサの髪の毛を伸ばしっぱなしにしている犬のような印象を持つ女の子です。


「あ、トモさんにカグラさん……」

「お友達?」

「は、はい。同じクラスの花立トモさんに若葉カグラさんです」


 私の心はシュンとしおれてしまいます。

 忘れていました……トモさんは熱心なラクロス部でカグラさんはトモさんの親友でマネージャー。「いつも朝練に付き合っているんだ~」と犬の毛のような髪の毛をモフモフさせて語っていたのでした。


「そっか、じゃあ僕はここまでにした方がいいかもね。同年代の友達と一緒にいる方がノアちゃんも楽しいだろうから」

「そ、そんなことないです! サイさんと一緒にいるのは楽しいです!」

「そ? ありがと」


 サイさんは嬉しそうに、子供っぽく笑ってくれました。

 そんな顔に、私はどうしてもときめいてしまうのです。


「あ、あの……サイさん」

「ん?」


 私は制服の胸ポッケから携帯けいたいを取り出します。


「あの……サイさん……!」

「ん、どうしたんだい、ノアちゃん?」


 ———お父さんからチケットを貰ったんです。だから、一緒に行きませんか?

「あの、何でも……ないです……」


 わたしのいくじなし。


「そう。でもさっきの話だけど」

「え?」


 さっき? 私たち何の話をしていましたっけ?


「ノアちゃんが朝に大掃除をするって話。今日は終業式だよね?」

「あぁ……」


 サイさんはいじわるなのでしょうか。私の嘘の話をまた掘り返しました。自分が一度ついた嘘をまたからかわれるのかと思っていました。だけど、サイさんの目は真剣でした。


「なら、気を付けた方がいいよ。ノアちゃん。カマクラ第二中学校は終業式に大掃除をする。普段掃除しないところまで学校全体を生徒に掃除させようっていう行事がある。だから、普段君たちが近づかないようなところまで行かされる。近づかないどころか、言ってはいけない場所まで」

「行ってはいけない?」

「カマクラ第二中学校の旧校舎」


 本校舎は綺麗な白磁の建物で、上に天の川をイメージしたらしいアーチ形のオブジェが付けられている有名な建築家……というか、これもお父さんがデザインした校舎です……そんなことは、今はどうでもいいです。カマクラ第二中学校はそっちだけではなく、木造の古い旧校舎という建物も存在します。本校舎から体育館を挟んだ敷地の端っこで、何で今の時代にそんなものがあるのかわからない。何千年前からもあるような遺跡のような場所です。


「あそこは昔の地球からの施設をそのままこの火星に持ってきたものでね。昔は鎌倉女子高校という名前の歴史ある学校だったらしい。その歴史と伝統をこの火星でもちゃんと受け継いでいる証としてわざわざ持ってきた。そういう建前らしいけど、本当のことは別にある」

「本当の……こと……?」

「幽霊さ」


 サイさんは声のトーンを落として、おどろおどろしく言います。


「ゆう……れい……?」

「ああ、木造でいたるところにガタがきている校舎だ。火星に持ってくるどころか地球の上にあるときに壊していてもおかしくない。だけど、それができなかったし、火星に持ってくるつもりもなかったけれども、火星に来てしまっている。その理由はたった一つ。幽霊さ」

「どういう、ことなんですか?」


 そんなこと、あるわけない。

 サイさんは嘘を付いている。私を脅かすために。からかうための嘘。

 そう思いたいのに、私はどうしてもその話に引き込まれてしまいます。


「旧校舎には昔いじめられて殺された生徒の幽霊がいてね。その子は自分が死んだことが認められずにまた現世に蘇ろうとしている。そのためには100人の女の子を食べないといけないんだけど、まだ99人目で。おっと……」


 気が付いたら、私たちの目の前には腕を組んでサイさんを睨みつけているトモさんと、にへらと笑いながら私に向かって手を振っているカグラさんがいました。


「少し、長話をしちゃったみたいだね」

「いえ……」


 私はもっとサイさんとお話がしたかったのに。

 それを許さないと言わんばかりに、トモさんはサイさんに対して敵意を隠さない目を向け続けています。


「じゃあね。ノアちゃんまた君の家で。僕はもう行くよ」

「あ、はい」


 サイさんは少し小走りでトモさんとカグラさんの横を通り過ぎて、手を振ります。


「でも! 本当に気を付けた方がいい! あそこには本当によくないもの・・がいるからね!」

「は、はい!」


 サイさんは珍しく距離があるのに大声を出して私に旧校舎の話の続きをします。


「もしかしたら冥界に引きずり込まれるかもしれないからね!」


 サイさんはそう言うとようやく身を反転させて前を向き、自分の大学への道を歩き始めました。


「引きずり込まれる……」

「おはようノアちゃん」

「わ!」


 びっくりしてしまいました。

 そういえば、トモちゃんとカグラちゃんが近くにいたんでした。


「随分楽しそうだったじゃない。ノ・ア・ちゃ・ん?」

「え、そうですか……?」


 なんでだかわかりませんが、トモちゃんは目を横に伸ばして威圧するような声で私に話しかけてきます。


「知らなかったなぁ~、ノアちゃんが私に知らないところで彼氏を作っていたなんて」

「彼氏⁉」

「そうでしょう? さっきの人めっちゃカッコ良かったし! あんなに楽しそうに男の人と話すノアちゃん初めて見たもの。くっそ~抜け駆けされたぁ~。ノアちゃん如きにぃ!」 


 トモちゃんはギリリと歯を食いしばって悔しがります。


「如きって……でも、トモちゃんも仲がいい男の子いるじゃないですか。幼馴染の田辺くん。あの人とはどうなんです?」

「バ……ッ! ノアちゃん。あいつとはそんなんじゃないんだから! 勘違いしないでよ!」

「えぇ~、嘘だよねぇ?」と横からカグラさんが言います。

「ユウキくんをずっと見ていたいから、ラクロス部入ったんでしょ~。ウチらの学校の部活動、ラクロス部とサッカー部でグラウンドを分けて使っているから。ラクロスしてたらユウキくんのことずっと見ていられるもんね~」


 ユウキくんとは田辺くんのことです。田辺ユウキくん。


「えぇ~、そうだったんですかぁ?」

「カグラ……あんたって奴は余計なことを!」

「バレバレだよ~。そんなして隠そうとするからノアちゃんなんかに先を越されちゃうんだよ~」

「なんか、って……ヒドイです! カグラさんまで!」

「アハハ~」


 いつもの風景。

 正確に言うと学校の中で友達と繰り広げている何気ない会話。いつもはこんなに朝早くもなくて、トモさんとカグラさんとは一緒に登校したりはしないのだけど、友達と一緒に楽しく歩いている。

 こんな日々がこれからもずっと続いていく。

 言葉にしたこともないし、心の中でつぶやいたことすらなかったけれども何となく、何となくそんなことを無意識に思っていました。

 そして、そんな日々が続く未来をいけないものだとも、感じていました———。


 ▼   ▼   ▼


 友達に囲まれて笑いながら歩くノアを見つめている一人の男がいた。


「あれが、言凪ノアか……」


 彼がいる場所は異常だった。

 参道に面した古式ゆかしい喫茶店。その瓦の屋根のにいた。


「案外普通の女の子だな」


 そこにヤンキー座りをしてサングラスをかけている男。

 彼のサングラスはただのサングラスではない。

 指先で丁番と言われるフレームの右側面部分をいじると、そこの超小型タッチパッドが反応し、微細な動きで様々な映像を映してくれる電子機器だ。

 彼は拡大し、ノアの顔をサングラスの内側に大きく映し出していた。


「こんな女にできるのかね。俺達の星を救うなんてこと」


 立ち上がる。

 背は高いが体つきは細い少年のようないでたち。出しっぱなしの白いシャツの裾が風にはためき、黒パンツが彼の存在を背景の空から浮立たせている。

 屋根の上では何とも目立つ、夏の学生服のような恰好。なのに、道行く人々は少年に目もくれていない。


「まぁ、救ってくれないと困るんだが。悪いが壊させてもらうぜ。お前らの日常って奴を」


 突如、少年の背後の景色が陽炎のように揺らめく。


「創世の巫女、言凪ノア———お前の存在、いただくぜ」


 背後の揺らめく陽炎が段々と少年の身体を侵食するように前に這い出る。やがて食らいつくすように少年の身体全体を飲み込み、屋根の上の一人の人間を跡形もなく消しつくした。

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