第4話 旧校舎
カマクラ第二中学校の3年4組。
校長先生の動画データを聞き終えて、一学期の成績データを受け取り、掃除の時間が始まります。
教室の椅子を机の上に乗せて、クラスメイト皆で運ぶことから初めて、雑巾で床を拭く係と箒で掃く係、それぞれの役目を分担して取り組みます。
「こんなクラシックなことやってらんないよね~。掃除なんて全部AIロボットに任せればいいのに」
トモさんが机を運びながら愚痴を言います。
「まぁまぁですよトモさん。こういうことも大事です。もしもAIロボットがない場所で生きなきゃいけなくなった時の知恵を教える。そんな役目が今の時代の学校にはあるんですから」
「うっへ~、ノアちゃんは真面目だね~」
「そ、そんなことないです……」
「あはは、そんなことないです~、だって」
トモさんを宥めると、そのことをからかわれて少しだけ嫌な思いをします。
「お~い。言凪、花立、若葉!」
机を運んでいる最中、扉の方から担任の斎賀先生が手招きをします。
「悪いがお前たちに頼みがあるんだが……、」
いつもジャージ姿で髪を後ろでちょこんと結んでいる可愛らしいポニーテールの女性。それが私たちの先生、斎賀マリア先生です。
「うぇ~……何ですか斎賀先生。また私たちに面倒なこと押し付けようって話ですか~?」
私たちは斎賀先生の元に集まると、開口一番トモさんが不満を漏らします。
「嫌そうな声を出すな、花立。旧校舎の掃除を別のクラスがやってんだけどな。何人か休んでいる生徒がいる。その穴埋めでウチのクラスから何人か人員が欲しいとのお達しだ」
旧校舎……。
「それを私たちに押し付けようって言うんですか~!」
「だから嫌そうな声を出すなと何度言わせるんだ。いいだろ別に。若いうちの苦労は勝ってでもしろって昔のことわざにもあるだろう」
「そのことわざっていつの時代も年寄りが言いますよね?」
暗に年寄り呼ばわりされた斎賀先生は無言でトモさんの頭を腕で捕まえると逆の手で拳を作り、それを彼女のこめかみに当ててぐりぐりと押し付けます。
「旧校舎……」
今朝のサイさんの話を思い出してしまいます。
女の子を食べてしまうという幽霊の話を。
「ま、頼んだぞ三人とも。言凪」
「え、あ、はい!」
「ちゃんと花立と若葉がサボらないように見張ってくれよ。お前はいつでも真面目だから頼りにしているんだ」
そう言って斎賀先生はトモさんの頭を解放すると手を振って去っていきました。
「あ~痛かった……も~斎賀マジ嫌い。ノアちゃんのせいだからね」
「え?」
頭を押さえるトモちゃんがビシッと私に指を突きつけて言います。
「ノアちゃんが真面目だからいつも斎賀から面倒ごと押し付けられるんだから。それに巻き込まれる私やカグラのことも考えてよね!」
「そ、そんな……」
「ハハハ~、トモ~それがノアちゃんのいいところなんだから、そんなにきつく言ってあげないで~」
カグラさんがトモさんの背中にのしかかるように抱き着くと、「重い~」と不満を漏らしながら廊下へと向かっていきます。
「真面目……かぁ……」
トモさんは冗談を言った。それはわかっていますけれども、どうしても考えてしまいます。
悪い事じゃないのに、どうして責められなければいけないんだろうって。
▼ ▼ ▼
古い木造の埃っぽい旧校舎。
ギシギシなる床の上を歩き、割り当てられた一階の教室の一つを掃除することにします。
あまりにも古すぎてプレートの文字がかすれて何年何組が昔使っていたのかもわからない、昔はどんな子たちが使っていたのかもわからないそんな場所。
「ほんっとやってらんないわ」
机の上に座って股の上に肘をつき、トモさんはまだ不満を漏らします。
「まだ言ってる~」
箒で掃きながらカグラさんはトモさんに呆れたような言葉をかけます。
「……トモさん。ちゃんと掃除しましょうよ」
私は汚れた雑巾をバケツの上で絞りながらカグラさんと共にトモさんを注意します。
「も~、別にいいじゃんサボったって。二人とも真面目過ぎんのよ。適当にやって時間が終わるまで待てばいいじゃん」
「そんなわけには……それに時間が終わるまで待つよりも、ちゃんとやってすぐに終わらせた方がいいと思います」
「うわ~でたよ真面目。三人しかいないんだから終わらないって」
「そんなことないです。頑張れば」
「頑張ればって。何? ノアちゃんなんか隠し事してない? っていうか変じゃない。まるですぐにここから出たいみたいな」
「そ、それは……」
私は目を逸らしました。
「はっは~ん。さてはノアちゃん……旧校舎の幽霊のことを聞いたな?」
トモさんとは中学に入ってからの付き合いですが、学校にいる間はいつも一緒に行動していました。付き合いが長いおかげで少しのリアクションでどんなことを考えているのか、瞬時に察せられてしまいます。
「幽霊って。トモさんも知っているんですか?」
「知ってるよ、旧校舎に侍の幽霊がいるって」
「へ? 侍?」
「へって何? ノアちゃんも同じ噂を聞いているんじゃないの?」
私は首を振ります。
「そう? 私が聞いた話によるとこの場所は昔偉い侍の屋敷があって。その侍が部下に裏切られて殺されて、恨みが何千年経った今でも晴れずに残っている。地球から火星に施設を移すと共に侍の幽霊もついて来て、今もこの学校の子供を攫って血まみれの死体となって冥界から地上に返すって話。ノアちゃんが聞いたのもこの話じゃないの?」
「いいえ。私が聞いたのは女の子の幽霊の話です」
「誰から?」
「サイさんから」
「サイさんって?」
「え、っと……あの、今朝、一緒に登校してた男の人です」
「あぁ~ノアちゃんの彼氏か」
「か、彼氏じゃないです……! まだ……!」
そう、なれればいいと思っていますけど。
「えぇ~ノアちゃ~ん……!」
私が「まだ」という単語を使ったのは余計でした。トモさんは口角を挙げた心底楽しそうな笑みを浮かべて私の肩に手を回します。
「やっぱり好きなんじゃ~ん。あの人のこと」
「そ、それは……」
「だったら告白しちゃいなよ! 当たって砕けちゃえ」
「く、砕けたくないんですけど……」
ポンポン、腰に手を二度優しくタッチされます。
後ろを見るとカグラさんがいました。笑顔を浮かべていますがトモさんとは違い、カグラさんの笑みは母親に向けるように優しい笑みです。
「ノアちゃん。好きなことは好きだってすぐに伝えた方がいいよ。世の中何があるかわからないんだから。もしかしたら明日にでもこの空中都市ジパングが火星の地表に落ちちゃうかもしれないんだから」
「地表に、落ちる……」
「ばぁ~か、カグラ。そんなことあるわけないでしょ? でも、告白は早くした方がいいと思うな。いつまでももたもたしていると、相手の方に別の好きな人ができるかもしれないし、そんなことを繰り返していると何もできないままにおばあちゃんになっちゃうよ」
「トモがそれを言う~」
「うっさいカグラ」
トモさんが私の肩から手を離して、カグラさんに飛び掛かります。
「やめてよお~」
「うっさいこのもじゃもじゃ大型犬女! モフモフしてやる!」
いつも通りのじゃれつきです。トモさんがカグラさんの髪の毛をかき混ぜるように掴んで回し、それを振り解こうとカグラさんがブンブン頭を振り回します。
「ケホ……ッ」
「……ッ! ノアちゃん⁉」
私が胸を押さえて軽く咳をするとトモさんはカグラさんの髪の毛をいじるのをやめて私に駆け寄ります。
「ど、どうしたのノアちゃん⁉」
「な、なんでもないです……少し胸に手が当たって」
トモさんがカグラさんにとびかかかる瞬間でした。トモさんはその直前、私の肩に手を回し、手のひらで軽く拳を作り私の胸の上に置いている状態でした。それが私の身体を離れてカグラさんの元へ行くときに、無意識で上下に振られ、彼女の方はそんなつもりはなかったのでしょうが、勢いづいた手の底が私の胸をドンッ、と叩いてしまったのでした。
「え⁉ あ、ご、ごめん!」
「い、いいんです! 気にしないで。ただの事故ですから」
「大丈夫? 保健室行く?」
「そこまでじゃないですよぉ~。私は元気いっぱいです」
胸はまだじんじん痛みますが、私は腕を大きく曲げて力こぶを作り、大丈夫なことをアピールします。
「ホントごめん……でも、無理しないでねノアちゃん……ノアちゃんって真面目過ぎるから、そういうときにすら本当の気持ち隠しちゃうことがあるの。私たちわかってんだからね」
「あ、ありがとうございます。でも、本当に大丈夫ですから」
キ~ン、コ~ン、カ~ン……コ~ン……!
スピーカーから少し音割れしたチャイムの音が鳴り響きます。
「あ、終わり。よ~やくおしまいの時間だよ~。教室戻ろ」
トモさんが掃除用具入れに箒をしまいに向かうと、カグラさんがその後に続きます。
私も少し痛む胸を押さえながら、バケツの水を捨てようとそれを持ちあげました。
その時でした。
———本当に大丈夫?
「大丈夫ですって」
しつこく聞いてくるトモさんに対して、私は苦笑しながら返します。
「え? 何? ノアちゃん」
そう、したつもりでした。
トモさんに対して言葉を返したつもりでした。
ですが、トモさんはきょとんとした顔で私を見つめています。
「トモさん、今私に話しかけませんでした?」
「ううん」と、彼女は首を横に振ります。
って、いうことは……今の声は……、
「え——————————」
「まさか————————」
旧校舎の、幽霊?
トモさんとカグラさんの顔が青くなります。
「か、帰ろ。すぐに出よう。こんな古臭い場所!」
「そ、そうだね~! ほら、ノアちゃんも急いで~」
「……………」
「何ボーっと突っ立ってんのノアちゃん! 早く帰らないと幽霊に引きずりこまれるよ!」
「え、あ、はい!」
私は急かされるままに廊下の水場にバケツを持って行きます。揺れるチャプチャプとした水音を聞きながら私は考えていました。
もしも、今話しかけてきてくれたのが幽霊なら。
もっと話しかけてくれないかな……って。
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