第17話 昼時に
この日、僕は椎羅と共に新規顧客に打ち合わせに来ていた。
どうやら新店舗を立ち上げる企業がオフィス用品を必要になったようで何がいくつ必要になるか、パンフレットを元に説明した。
従業員の数に応じた机や椅子。来客用の椅子などテナントを元に配置を決める。
「ウォーターサーバーもあると便利ですよ。あと、コーヒーなんかも置いてあると女性の方には喜ばれるんですよ」
椎羅がほぼ説明しながら営業を掛ける。
顧客も椎羅の話に釘付けで予定していない注文も受けることができた。
何とか打ち合わせを終えて手配などの後処理が残った。
退出して外に出た頃、椎羅は大きく伸びをした。
「終わった!」
「お疲れ様です。流石、椎羅先輩。素晴らしい話術をお持ちですね。顧客も喜んでいましたし」
「小瀬くん。次はあなたが私のように喋るんだからね」
「僕ですか?」
「当然よ。何のために今日、連れてきたと思っているのよ」
「まぁ、出来る限り挑戦させて頂きます」
「よろしい。良い具合の時間ね」
腕時計を見ると現在、十一時五十分だ。お昼時だ。
「小瀬くん。サクッと昼食を取りましょう。昼からも打ち合わせがあるんだし」
「そうですね。この辺の地理があまり詳しくないのでどこか良い店ありますかね?」
人任せのように僕は椎羅に話を振ってしまう。
こういうところでも僕は椎羅に見劣りを感じる。
「この辺だったらビジネスマン御用達の立ち食いそばがあったはず。そこに行きましょうか」
「はい。そうしましょう」
椎羅の案内で立ち食いそばの店へ向かう。
スタスタと歩く椎羅に僕は後ろからついていくと突然、椎羅の背中にぶつかった。
急に歩くのを止めたのだ。
「痛い。急に止まらないで下さいよ」
「あぁ、ごめんなさい」
生返事で椎羅は答える。一点を見つめる椎羅の視線を向けるとそこには洋風のパスタの店があった。
オシャレな外装で女性客が既に列を作っていた。
「へぇ、こんなところにパスタの店が出来たんだ。あぁ、ここからでも良い匂いがする。あぁ、食べたい」
行きたいオーラをヒシヒシとさせる椎羅。
「ここ、結構並んでいますよ。時間的に諦めて立ち食いそばにした方が無難かと」
「でも次、いつここに来るか分からないし……。んーでも時間がないのも事実。並ぶのに十五分。注文して料理の提供まで五分。食べる時間で十分。うん。三十分くらいで店を出られそうね。よし、小瀬くん。並ぶわよ」
「マジですか……」
強引にも椎羅は気になった洋風の店に並ぶことを決めた。
僕はそれに付き合う形で並ぶ。
「いつ出来たのかな。個人店かな」
「さぁ」
並ぶのは若い女性客で男性客はほぼいない。
女性目線の店なのだろう。
だが、並び始めて十五分。椎羅が見積もった時間になってもなかなか店に入れない。次第に椎羅は腕組みしてトントンと指を動かし、苛立ちを見せる。
「やっぱり諦めた方は……」
「いや、もうすぐ入れるはずよ」
椎羅は引かなかった。引いたら負けとても言うように。
その五分後、ようやく店の中に案内される。
「外装もそうですが、内装もオシャレですね。天井に扇風機が回っていますよ」
「それはシーリングファン。それよりも注文は決まっているでしょうね?」
「えっと、じゃメニューのトップにあるグラタンパスタで」
「それは辞めておきなさい。頼むならナポリタンとかペペロンチーノにしておきなさい」
「え? せっかく来たのに店の看板メニューを頼まないんですか?」
「明らかに時間がかかるメニューよ。普段ならいいけど、今の私たちには時間がない。選択肢は必然的に提供スピードが早いメニュー一択よ」
「な、なるほど。じゃ、僕はペペロンチーノで」
「私は魚介パスタで」
看板メニューを避け、あえてメニューの中で目立たない注文をした。
料理を待っている時に椎羅は貧乏揺すりをするように足踏みをする。
立ち食いそばなら既に食べ終わって店を出ている頃だろう。
だが、見積もった提供時間の五分を過ぎても料理は来ない。
「遅いわね」
「あ、椎羅先輩。あれ、自分たちより後に入った客の料理が運ばれています。しかも看板メニューのグラタンパスタを!」
「何? ちょっと! 店員さん」
思わず、椎羅は店員を呼び、クレームを入れる。
「あの、私たちの注文した料理がまだ運ばれて来ないんですけど」
「申し訳ありません。グラタンパスタならすぐに出せるのですが、それ以外はなかなか注文されるお客様がいないので少し提供に時間がかかります。すぐにお持ちしますので少々お待ちください」
あえて看板メニューのグラタンパスタを避けたのが誤算を生じた。
提供されたのは注文してから十分後のことだった。
「もう食べる時間が五分もない。小瀬くん。早食いよ」
「了解です」
調理を置かれた瞬間、僕と椎羅は一気にパスタを口の中に掻き込む。
ゆっくり味わう時間はないので最早作業である。
「あっふ! いたっ! 火傷と舌噛んだ」
椎羅は悶えるように口を手で塞いだ。
それでも意地で料理を完食して会計を済ませ、店を出る。
予定より少しオーバーしたが、それでも許容範囲で店を出ることが出来た。
「椎羅先輩。美味しかったですか?」
「味なんて分かんなかったわよ」
「でしょうね」
椎羅は少し不安を残しながら午後の仕事に向けて歩き出す。
仕事が出来る完璧な美人先輩に仕事をサボっていたのがバレた結果、一気に距離が縮まっていた件 タキテル @takiteru
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