第16話 縁切り
「久しぶりだね。花苗」
「夢華も。元気そうだね」
着席した二人からぎこちなさのような不穏な空気が伝わった。
「そう言えば花苗は今、仕事は何をしているんだっけ?」
「私は契約社員で科学系の工場勤務をしているよ」
「へー女子で工場勤務かぁ。大変そうだね」
「そんなことはないよ。単純作業だし、困ったら近くに聞ける人いっぱいいるから。夢華は今、どうしているの?」
「んー。特に何も」
「何もって……ニートってこと?」
「そう言われるとそうかな。最近、バイト辞めちゃったし。まぁ、お金には困っていないから徐々に自分の合う仕事があればしようかなって感じかな」
「へーそうなんだ」
「ところで相談って何?」
「え? あぁ、そうだったね。実は最近付き合っていた人に振られちゃってね」
と、かなくらは自分の恋愛事情を話した。
バンドマンと付き合ったが、金グセが悪く暴力的な彼氏で終いには浮気をされて振られたというものだ。勿論、これは作り話。夢華はこう言った他人の不幸話が何よりも好物。それを考慮しての作り話である。
「そっか。それは災難だったね。つまり新しい恋を探すために誰か紹介してくれとかそういう話?」
「いや、そこまでは言わないけど、ちょっと聞いてほしくさ。夢華って恋愛経験豊富そうだし」
「まぁ、それは否定しないけど」
「そう言えば、夢華は今、誰かと付き合っていないの? ほら、彼氏いたって話していたじゃない」
「そんなのとっくに別れたよ。今はいない。でも気になっている人はいる」
「気になっている人?」
「小瀬小高くんだよ」
僕の名前が出た瞬間、吹き出しそうになった。
「小高? 初彼だったよね。何で今更?」
「原点にして頂点ってことだよ。私、やっぱり忘れられないんだよね」
「で、でも酷い振り方したじゃない?」
「それは反省しているの。この間も会ったんだよね。結局寄りは戻せなかったけど」
うまく誘導したようで夢華は僕との再会をかなくらに淡々と話した。
どうやら僕に対する好意に偽りは無い様子。だが、僕の知らない事実が語られて耳を研ぎ澄ます。
「小高くんってうまく仕込めば何でもしてくれると思わない?」
「どういうこと?」
「将来、結婚することを考えると理想よりも現実だと思うんだよね。つまり立場って大事だと思うの。女が何でもするって思われるの嫌じゃない? 私は何でもしてほしい。家事も育児も全部やってくれる旦那が欲しいの。それってさ小高くんだとうまく仕込めば出来ると思ったのよね。要は恐妻家として立場の低い旦那が理想なの。ね? 彼ならうってつけでしょ」
落合は笑いながらかなくらに話していた。
僕は怒りが込み上げていた。極め付けはこれだ。
「金で釣ろうとしたけど、失敗しちゃったんだよね。でも彼のことだからきっと今も私に夢中になっていると思うの。今はあえて距離を置いて頃合いを見たらまた近づくつもり。こういうの駆け引き言うんだよね。あははは」
僕は我慢できずに席を立って落合の前に立った。
「そういうことだったのか。落合!」
「げっ。小高くん? 今の話……」
「あぁ、聞かせてもらったよ」
「ち、違うの。これには訳があって……。花苗、私を騙したな!」
状況を察した落合はかなくらを睨んだ。
「君の本性はよく分かったよ。この金はきっちり返す」
バンッと僕は現金の入った茶封筒をテーブルに叩きつけた。
「これでサヨナラだ。永遠に」
「ちょ、ちょっと待って。さっきのは冗談。嘘、全部嘘だから」
「ふざけるな。君は昔と何も変わらない。自分が得をすることしか考えていない自分都合の奴だってことが! もう、二度と僕に関わらないでくれ」
そう言って僕は店を立ち去る。
はぁ、と息を吐いて冷静を取り戻す。
僕より遅れてかなくらも店を出てきた。
「小高、大丈夫?」
「うん」
「夢華も少しは懲りたと思うよ。やっぱ裏があるっていうか裏が本体って感じ。夢華が出てくる前にここを離れよう」
「そうだな」
そう言ってかなくらと共に歩き出した。
ようやく一つのモヤモヤが消えた気がした。
「そう言えばご飯食べ損ねたね。ラーメンでも食べる?」
「それなら美味いラーメン屋を知っているよ」
「本当? じゃ、そこに行こう! 小高の奢りで!」
「何でだよ」
かなくらとの会話で少し和んだ。
何よりかなくらが始めて終わらせてくれた。
何だか変な形の縁である。
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