第13話 残業の夜に
残業をして明日出す書類をまとめていた時である。
既に僕の部署は誰もいない。
残業することはあまりないが、どうしてもという日はたまにある。
「ダメだ。根を詰めても集中力が続かないな」
残業時間の中にも休憩時間というのが存在する。
その時間を利用して僕は給湯室へ向かい、コーヒーを入れる。
「はぁ。今のやつをまとめたら印刷してミスがないか確認して本社にメールすれば今日は終えられるかな」
残りの仕事をイメージしながらコーヒーを啜って自席へ向かう。
その時である。僕の部署に誰かの気配を感じた。
「あれ? 椎羅先輩」
「あら。小瀬くん。居たの?」
「居ましたよ。てっきり直帰したものだと思ったのですが、わざわざ帰社したんですね。何か急ぎの仕事でもあったんですか?」
「……まぁね。ところで今日、契約が獲れたんだって?」
「えぇ。獲れたのは良かったんですが、それの書類処理があって今日のうちに済ませておかないといけないんです」
契約が獲れたら基本、その日のうちか翌日の午前中までには書類処理を済ませておかなければならない決まりがある。
だが、翌日が週末や翌日に出かける用事がある場合は当日に済ませておかなければならないので結構慌ただしい業務でもある。
「小瀬くんのスケジュールを見ていたけど、明日は直行で得意先へトラブル対応ってなっていたわね」
「えぇ。発注ミスで多く届いたそうなので余分な資材を回収しないとならないです。それと謝罪とお詫びをしないと」
「まぁ、小瀬くんのミスというより発注会社が勘違いしたってことよね? そういうのはたまにあるから気をつけないとね」
「はい。迅速に対応する必要があるので朝一で行ってきます」
「契約書類、どこまで出来ているの?」
「えっと、半分くらいは」
「手伝うから見せなさい」
「え? でも、椎羅先輩も自分の仕事があるのでは……?」
「そんなのいいから。どこまで進んでいるの?」
「えっと、ここまではなんとか」
椎羅は僕のパソコンの前でグッと目を凝らして内容を確認した。
「あぁ、まだここか。じゃ、私がこれを仕上げるから小瀬くんは社印を押したり出来ることをしていってよ」
「いいんですか?」
「二人でやった方が早いでしょ。それに一人だとダブルチェックできないじゃない」
「ありがとうございます。助かります」
椎羅が手伝ってくれたことにより予定していた数倍の時間で仕事を終えることができた。
これは椎羅の仕事が早いおかげでもある。
「契約書類にミスは無さそうね。よし、じゃこれを本社にメールしていいわよ」
「ありがとうございます。椎羅先輩のおかげで早く終わりました」
「仕事っていうのは人に頼ってこそなんぼよ。まさかこれを一人でやろうとしていたわけ?」
「まぁ、そのつもりでした」
「小瀬くんの場合はできたとしても二度手間になるのが目に見えているわね」
「そんなことは……あるかもしれませんね」
僕は言い返したいところだったが、認めてしまう。
今の僕の実力はまだ身についていないのは自分でも分かっていた。
無事に僕のするべき仕事は終わった。
時刻は二十二時を少し回った頃である。
「次は僕が椎羅先輩の仕事を手伝います。何をすればいいですか?」
「私の仕事は大したことないからもう帰っていいわよ」
「そういうわけにはいきません。僕の仕事を手伝ってくれたんです。椎羅先輩の仕事を手伝うことは当たり前です」
「いや、本当に大丈夫だから」
「椎羅先輩、さっき僕になんて言いましたか?」
「二人でやった方が早いってやつ?」
「そうです。さぁ、残っている仕事を見せて下さい」
そういうと椎羅は少しモジモジした様子で奥歯を噛み締めた。
なんだか言い辛そうなそんな感じだ。
「椎羅先輩?」
「まぁ、今思ったら今日やる必要ないからいいかな。残業してまでやるものでもないし、今日は帰ろう。うん、そうしよう」
明らかに棒読みだ。
何か隠しているのだろうか。
「もしかして自分の仕事なんて元々なかったんですか?」
「そ、そんなことないわよ。べ、別に小瀬くんが心配で帰社したわけじゃないんだから。本当は自分の仕事をやるつもりだったけど、今日じゃなくてもいいって気付いただけなんだから」
ムキになりながら椎羅はそう言った。
「ありがとうございます。椎羅先輩。帰りましょうか」
「えぇ、戸締りだけはしっかりね」
電気を消して鍵を閉めて退社する。椎羅の優しさを感じた日だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます