第12話 待ち時間と晩酌


 朝からみっちりと研修を終えて新幹線の時間まで少し余裕ができてしまった時である。


「次の乗車時間まで五十分くらい余裕ありますね。どうしましょうか」

「丁度良いじゃないか。少し土産コーナーを覗いてみようか」


 ウキウキとしながら椎羅は土産売り場へ向かう。


「意外と種類あるな。これだけあると目移りする」

「誰に買うんですか?」

「勿論、自分用だ」

「こういうのって普通、職場に買ってくるものじゃないんですか?」

「本社の研修で土産など必要ない。買うんだったら九州とか滅多に行かない取引先の場合だ」

「まぁ、それもそうですね」

「小瀬くんは買って行かないのか?」

「僕は別に。一人暮らしで知り合いもいないですし、お土産を買う意味があまりないですね」

「だったら自分用に買っていけば良いじゃないか。ここのチーズケーキは有名で土産ランキングも上位にある優れものだ」

「うーん。別に僕はいいです」

「そうか。まぁ、人それぞれだからな」


 椎羅は次々とお菓子のお土産をカゴの中に入れる。

 そんなに買うのかと顔で訴えると椎羅は答えた。


「半分は自分用だが、もう半分は人にあげる用だ」

「やっぱり職場にあげるんですか?」

「いや、職場にはあげない。ちょっと世話になっている人にあげるつもりだ」


 世話になっている人? 椎羅にもそんな人がいるのだろうか。

 カゴいっぱいになった土産をレジに通して袋いっぱいになりながら椎羅は店の外に出てきた。


「お待たせ」

「随分、買い込みましたね」

「あははは。結構使っちゃったけど、まぁ、仕方がない」


 研修でこれだから旅行に行ったらもっと買い込むのだろうかと僕は推測する。


「もう時間もギリギリだな。夕飯は駅弁を買って新幹線で済ませようか」

「そうですね」


 椎羅はカツサンド。僕は牛タン弁当を買って新幹線に乗り込んだ。


「随分、豪勢なものを買ったな」

「土産を買っていない分、これくらいは良いかなって」

「ほほう。弁当とは思えないクオリティーだな」

「椎羅先輩も一口食べます?」

「良いのか? じゃ、悪いから私のカツサンドも一口あげよう」


何気ない感じで椎羅と食べ比べをしてハッとなる。

なんかこれ恋人っぽい。


「こういうのも悪くないだろ?」


 ふと、椎羅は呟くように言った。


「えぇ、悪くって?」

「出張だよ。普段とは違った感じで気分転換になると思わないか?」


 あぁ、そっちか。てっきりさっきの食べ比べのことかと焦ってしまった。


「そ、そうですね。良かったと思います」

「それは良かった。だが、仕事だということを忘れるな。私たちはあくまでも業務の一つとして来ている」

「はい。でも椎羅先輩は移動中では常に浮かれていますよね」

「移動は仕事に含まれないからな。だからと言って会社の名前を背負っているんだ。世間の迷惑になるような行為だけはしてはならないぞ。その範囲を守った行動内では別にうかれようと問題ない。分かったな」

「はい。分かっていますよ」


 椎羅は先輩風を吹かすようにムキになる。

 それはまるで子供みたいで少しあどけない。

 仕事とプライベートの境目がハッキリとしておりある意味、椎羅の見習うべきところは見習った方はいいかもしれない。


「さて。そろそろ乗ってきたから一杯行こうかな」


 椎羅はカバンから缶ビールを取り出した。


「また買ったんですか?」

「今はただ帰っているだけだ。別にいいじゃないか。小瀬くんの分も一応あるけど、どうする?」

「僕は遠慮しておきます。今は気分ではないので」

「何だ。つれないなぁ。そんなんだと出世できないぞ?」

「どういう意味ですか」

「出世するためには何が必要か分かるか?」

「……仕事が出来ることですか?」

「それもあるかもしれないが、そうじゃない。たまにいるだろ。仕事ができなくても何であんな人が上に立てるんだろうって人」

「あぁ、そうですね。仕事が出来る訳でもないので上司の人って営業先とかにたまに見かけます」

「それはな、媚を売る人が上手い人なんだよ」

「媚を売るのが上手い?」

「皆が皆、そうじゃないけど、上を褒めたり気が利く人間が上に上がりやすい。結局、人の評価っていうのは自分ではなく他人が決めることだ。その相手をコントロールできたら出世街道間違いなしだ」

「椎羅先輩もそんなことをしているんですか?」

「私は実力だ。でも実力がない人で出世するためにはそういう裏技をするしかない。小瀬くんのようにな」

「僕ってやっぱり実力がないんですね……」

「ちょっと経験が足りていないだけで実力なんてすぐに伸ばせる。だが、今やるべきことは実力をあげるのは勿論だが、媚を売ることも大事ってことだ」

「な、なるほど。勉強になります」

「で? どうするんだ?」

「と、言いますと?」

「ほれ。これで先輩の機嫌を取ることだ」


 そう言って椎羅は僕に缶ビールを渡した。呑めってことか。


「一人で飲んでいてもつまらん。つまりそういうことだよ」

「では。い、頂きます」


 帰りの新幹線の中で僕と椎羅は乾杯した。

 お疲れ様と細やかな晩酌だった。




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