第11話 前乗り


 この日、僕と椎羅は新幹線に乗っていた。勿論、仕事としてである。

 地方へ研修があるため、本社開催の研修会へ出席するためだ。

 研修は翌日の八時半から十七時まで。つまり現在、前乗りするための移動中というわけだ。


「椎羅先輩。わざわざ前乗りしなくても当日の早朝から出発すれば研修会は間に合うと思いますけど?」

「小瀬くん。分かっていないな。前乗りするメリットがあるからに決まっているだろ」

「メリット? 早起きする必要がないとか?」

「それもあるけど、それじゃない」

「と、言うと?」


 プシュッと椎羅はカバンに忍ばせていた缶ビールを開けた。


「あ、仕事中に飲酒ですか?」

「移動中は業務に含まれない。つまり何をしてもオッケーということだよ」


 椎羅は旨そうにビールをグビグビと呑んだ。

 そんな光景を見せられて僕も固唾を吞む。


「ほれ!」と椎羅はもう一本の缶ビールを僕に差し出す。

「いいんですか?」

「内緒だぞ」

「はい。頂きます」


 僕は糸が切れたようにビールを呑む。

 仕事の移動中の新幹線で呑むビールは格別だった。


「旨いだろ?」

「はい。ただの缶ビールがこんなにおいしいとは思いませんでした。これなら毎回のように前乗りしたいですね」

「まぁ、小瀬くんが前乗り申請したら間違いなく却下されるだろうな」

「え? どうしてですか?」

「遠方だったら仕方がないけど、当日の移動で済むなら会社も許可しないだろう。ホテル代とか経費で出さないといけないからな」

「じゃ、なんで今日は許されているんですか?」

「私が申請したからだ。会社から信頼が厚い私だからこそ許された申請だ」

「なるほど。椎羅先輩の権限で許されているんですね。流石です」

「そんなんで褒めても何もないぞ。あと、前乗りにはもう一つメリットがある」

「それは一体?」

「ホテルのチェックインを済ませてからだ」


 新幹線を降りて予約していたホテルまでタクシーで移動した。

 当然だが、ホテルの部屋は別々だ。

 荷物を置いたらすぐにロビーで椎羅と集合した。


「よし。それじゃ、行こうか」

「行くってどこに?」

「予約したホテルでは朝食は付いているけど、夕食は付いていない。必然的に外で食べることになる」

「あぁ、そうですね。僕はその辺のコンビニでカップ麺を調達すればいいと思っていたんですけど」

「それは損だな。前乗りのメリットは外食にある。地元にはないご当地の店がずらりと並んでいる。これを食べない手はないんじゃないかな?」

「なるほど」


 ホテルを出て少し歩けば繁華街になっており、沢山の飲食店が並んでいた。

 どれも目辺りして魅力に感じる。選ぼうにも選べない感じだ。


「椎羅先輩。どこにします?」

「その先にあるはずだけど」と椎羅はスマホを直視しながら歩く。


 僕はそんな椎羅の後ろを歩いているとある店の前に辿り着いた。


「ここだな」

「ここって」


 お寿司屋さん。しかし、狭い店舗で外装、内装もかなり古い。

 他と比べると異様な雰囲気を漂わせていた。


「さて。入るぞ」

「待って下さい。ここって地元御用達の店じゃないんですか? 僕たちのような余所者が入るところじゃないですよ」

「そんなこともない。営業しているなら誰でも入る権利はある。行くぞ」


 狭い店舗にはカウンター席が十席しかない。それでも人が埋まっており、すし詰め状態だ。寿司屋だけに。

 しばらく待ってようやく席が空く。


「おまかせでお願いします」

「はいよ」


 椎羅は躊躇いもなく注文する。


「椎羅先輩。初めての店でおまかせって」

「ここはそういう店だ」

「どういうことですか?」

「基本、客が食べたものは握らない。店主のその日の気分で握ってくれる」

「そんなものありなんですか?」

「それには理由がある」

「理由?」


 次々と寿司が並べられる。どれも鮮度抜群で美味しい。


「ここはその日入ったネタで握る。味は保証されていると言えるのだ」

「なるほど。だからおまかせなのか」

「それに値段も回転寿司より安い。地元では名の知れた寿司屋なのだよ」

「いやぁ、こんな良い店があったとは。何で知っているんですか?」

「前乗り申請してから調べまくった。絶対、ここに行こうと決めていた」


 椎羅は仕事並に念入りに下調べをしていたようだ。

 こういうプライベートでも計画的なんだなぁとつくづく感じた。

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