第10話 店員と客


 椎羅が務めるガールズバーで僕は指名という形で椎羅と客と店員として話すことになった。


「椎羅先輩ってお金に困っているんですか? 給料は僕より数倍も貰っているイメージですけど」

「一正社員がそんな数倍も貰えるわけないでしょ。別にお金には困っていないわよ」

「え? じゃ、どうして副業なんかしているんですか?」

「これは趣味の領域だから」

「椎羅先輩、もしかしてコスプレの趣味があるんですか?」

「い、いぃぃぃぃぃや? 別にそんな趣味ないけど、何か?」


 椎羅はわざとらしいくらい否定した。

 図星なのか。確かに椎羅はスタイルが良いのでコスプレをしたら綺麗に着こなせると思う。


「ガールズバーって初めて来ましたけど、シックでおしゃれな内装ですね」


 僕は話題を逸らそうと店内の話をした。


「それはそうよ。先月オープンしたばかりだから」

「先月? 本当に最近ですね。じゃ、椎羅先輩はオープンスタッフってことですか?」

「まぁ、そんなところ。週一だからあまり入れないけどね」

「仕事をしながら働くって凄いですよ。僕は今の仕事だけで手一杯ですから」

「それは小瀬くんが仕事に慣れていないからでしょ。慣れたら副業でもなんでもやろうと思ったら出来るよ。ただ、やるかやらないか。それだけの話」

「さ、流石です」

「それより常連にならないでよ。というか二度と来ないで」

「何でですか。僕が嫌いなんですか?」

「そうじゃないけど、会社の後輩が店に来られると調子狂うでしょ。頼むから二度と来ないでほしい」

「じゃ、サービスしてください」

「サ、サービス?」

「今日で最後だと思うと悲しいですからね。何か思い出に残こしたいんです」

「別に残さなくて良いわよ。てか、忘れて欲しいんだけど」

「いいんですか? このことを誰かに言っても」

「あなた、私を脅すつもり? てか、そんなことをしたらあなたの身もどうなるかわからないわよ?」

「僕はただ、椎羅先輩の接客してくれた思い出を作りたいだけです」

「あなたも頑固ね。悪いけど、うちの店はお客さんと楽しく会話するだけであなたの思うようなサービスはないから」

「僕の思うサービスって何ですか?」

「それは……エッチなことじゃないの?」

「なるほど。僕は別に求めていません。じゃ、こうしましょう。椎羅先輩と楽しい会話をしてください」

「楽しい会話?」

「ガールズバーではお客さんを楽しませることが仕事ですよね? だったら僕に楽しい会話を提供してください。そうすれば僕は今日限りで店には来ないと誓います」

「わ、分かった。じゃ、それで手を打ちましょう。楽しい会話……か。仕事の話をするわけにはいかないし、小瀬くん。君の好きなことは何? 趣味とか特技とか何でもいいわ」

「そうですね。僕は最近、街ブラにハマっていますね」

「街ブラ?」

「はい。営業で外回りをするようになってこんなところに美味しそうな店があったとかここはいつも店が閉まっているとか歩いていると木になることが多いんですよ」

「あぁ、そういうことなら私も当てはまるかもしれないわね」

「本当ですか?」

「じゃ、小瀬くん。会社の路地から右に進んだところにある精肉店があるの知っている?」

「え? 知らないですね」

「そこのメンチカツが凄く美味しいの。帰社する前に必ずどこで買い食いするのが私の日課なんだよね」

「へー。椎羅先輩そんなことをしていたんですか」

「他にも会社の一階にあるコンビニ何だけど」

「あぁ、いつもぶっきら棒な店員がいるところですね。僕、自然と避けていました」

「その人、人によるけど結構お茶目なんだよ」

「え? そうなんですか?」

「あの人、駆け出しの芸人なのよ。前、地下のお笑いライブで見てどこかで見たなって思ったらそこのコンビニ店員だったのよ」

「えぇ、そうなんですか。てか、椎羅先輩ってお笑いライブ好きなんですね」

「あっ」


 隠していたのか、つい流れで言ってしまったと椎羅は手で口を塞いだ。

 喋っているうちにお互いの意外な趣味や行動が分かり、ますます興味を増した。


「あ、今から延長料金になるけど、どうする?」


 ここのガールズバーは一時間制だ。

 椎羅との会話でいつの間にか時間が迫っていた。


「えっと、延長したいところだけど、そろそろ帰社しないと」

「そうよね。延長とか言ったら張っ倒すところだった。なーんてね」


 冗談のように椎羅は笑顔でそう言った。

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