第9話 ガールズバーで
「え? 辞めた?」
僕は例のサボり喫茶に足を運び、店員に落合がいるか聞いた。
「うん。急に辞めちゃってね。よく働いてくれていたから惜しいよ」
「あの、彼女の連絡先を教えてくれませんか?」
「君、彼女の何?」
「えっと……一応、知り合いです」
「そうだったとしても簡単に個人情報を教えるわけにはいかないよ。客じゃないなら帰ってもらえるかな?」
威圧感のある店員に圧倒された僕は素直に帰るしかできなかった。
ここにはもう落合はいない。じゃ、一体どこへ?
手掛かりとなるのは落合の家だけど、生憎僕は一度も落合の家に行ったことがない。完全に手掛かりを失ってしまった。
「結局、この大金は返すに返せないか。どうしようか」
ありがたく受け取っておくわけにも捨てるわけにもいかない。
とりあえず預かっておくしかできない。
「はぁ、仕事どころじゃないな」
現在、僕は営業の外回り中である。
外回りのついでに落合に返すべきものを返すつもりだったが、それは絶たれてしまった。
かといって仕事をする気分でもなかった。
定時までまだ時間はある。
ふと、僕は悪い考えが脳裏に過ぎった。
「よし。サボろう」
迷いはなかった。今月は何とかノルマは達成された。
サボりは営業の特権と椎羅も言っていたわけだし、その権利は僕にもあるはずだ。そう思った僕はサボりを決行する。
「さて、何をしようかな。出来るだけ目立たない場所に避難したいところだけど」
そこで今回、僕が見つけたのはガールズバーである。
昼間でもやっている地下の店の看板が目に飛び込んだ。
「ガールズバーか。ここなら誰にも見つからないと思うし、暇潰しに丁度いいかな」
意気揚々と僕は階段を降りてガールズバーに入店した。
「おかえりなさいませ! ご主人様!」
「えっと」
僕を迎え入れたガールと目が合った瞬間、お互いが膠着した。
そう、目の前に居たのは椎羅彩葉だったからだ。しかもバニーガールの格好で。
「せ、先輩? ですよね? え、何でここに椎羅先輩が」
「は、はい? 椎羅? 誰と勘違いしているのですか? しいちゃんです」
「何がしいちゃんですか。そういえば椎羅先輩。今日は有給休暇取っていましたよね? 休んでまで何をしているんですか」
「ちょっと、小瀬くん。声が大きい。とりあえず席に座ってゆっくり話そうか。ね?」
椎羅先輩の声色が高くなった。明らかに怒っている。
カウンター席に座らされて早速、椎羅先輩は接客する。
「ご注文は?」
「えっと、コーラで。先輩、バニー似合っていますね」
「バカにしているの?」
「いえ、そんなつもりは滅相もありません」
「チッ!」
舌打ち? かなりお怒りの様子だ。姿は可愛いのに態度が怖い。
注文のドリンクを持ってきた椎羅は頼んでいない茶菓子を置く。
「これはお通しってことで」
「お通し? ガールズバーってそんなものがあるんですか?」
「何? 来たことないの?」
「えぇ、気まぐれで来たもので」
「気まぐれって営業のサボりでしょ? あなた、日に日に大胆になっていない?」
「椎羅先輩ほどではないかと」
「私は休日なの。サボりじゃないし」
「それもそうですね。うちの会社って副業はよかったんですか?」
「それは大丈夫……多分」
と、椎羅らしくない曖昧なことを言う。おそらく副業は認められていないのだろう。
「だからってこのことを会社にチクったら……あなたのサボりを報告しようかしらね」
「えっと、もし報告したら椎羅先輩の副業も自白することになりますね」
僕が言い返すと椎羅は顔を真っ赤にした。
「あ、あなた! 私を脅すつもり?」
「い、いえ。決してそんなつもりはありません。僕も困ると同時に椎羅先輩も同じように困るかなって思っただけです」
「クゥー。小瀬くん。見かけによらずあなた、人の弱みを握るのがうまいのね」
「そ、そんなつもりは……ないですけど」
「えぇい。分かった。これは二人だけの秘密。もし裏切ったらタダじゃおかないんだから。少しでも長く勤めたいなら公言しないこと! 分かったわね?」
「わ、分かりました。これは僕の胸の中に留めておきます」
「本当でしょうね?」
どうも椎羅は僕を疑う様子だった。椎羅のバニーは僕の独り占めにしたい。誰にも言うものか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます