第7話 訪問者
とある仕事終わりである。
食材の買い出しをして帰宅した時、僕は部屋の前で立ち止まった。
そう、部屋に誰かいたからだ。
「あっ! 小高くん。今帰り?」
そこには落合夢華が立っていた。何故、ここに彼女が?
「落合さん? 何でここに?」
「たまたま偶然通りかかっただけだよ」
たまたま? 偶然? わざわざ僕の部屋の前で?
まぁ、そういうことも……いや、あるか!
「なーんて。会えたらいいなって思って近くに来てみたっていうのが正しいかな」
「……何で僕の住所を?」
「会員登録の時にちょっとね」
あの時か。それは個人情報漏洩で店員的にはアウトな案件になるのでは?
しかし、これで彼女がここに来られた理由が分かった。
「何をしに来たの?」
「言ったでしょ? 話したいことがあるって」
「僕は無いけど」
「私があるんだよ」
「悪いけど、君と話すことは何も……」
そう言って落合の横を素通りしたその時だ。
部屋に入らせないように壁になった。
「何?」
「話を聞くまで帰らないよ?」
こういう強引なところは昔と変わらない。
住所が知られている以上、今日をやり過ごしたとしてもまた来られたりしたら困る。
「分かった。話を聞くよ。それで何?」
「ここじゃ目立つし、部屋の中に入れてくれない?」
「部屋はちょっと……」
「じゃ、近くのファミレスに行こう」
「……荷物を置いてくるからちょっと待っていて」
僕は食材を冷蔵庫に入れた後、落合と共にファミレスに向かう。
「懐かしいね。この感じ。昔はよくこうしてファミレスで一緒に勉強していたっけ」
「それはそうと話っていうのは?」
「その前に小高くんに謝罪させてほしい。あの時、私は酷い仕打ちをしまった。許されることじゃないけど、今思えば本当に申し訳ないことをしたなって思う。あの時の私は子供だった。ごめんなさい」
落合は深く頭を下げた。反省していることは分かるが今更でもある。
「別にもう終わったことだし、もういいよ」
「理由を聞かないの? どうしてあんなことをしたか」
「別に聞いたところで今更って感じだし」
「私、嫌な女なんだよ。どうやったら理想の人の心を動かせるか。そう考えた時に小高くんを利用しようと思った」
「それって」
「そう。小高くんは何も悪くない。全ては私の自作自演。振り向いてもらうために小高くんに暴力を振るわれたって木嶋くんに相談を持ちかけて完全に味方にさせた。それから付き合うまでの流れはスムーズに出来た。計算通りってわけ」
「僕と付き合ったのはお遊びだったってことか?」
「いや、その時は本気だったよ。結婚したいって思っていた。でもね、付き合いが長くなればなるほどマンネリ化するよね。なんか将来性が見えないって思っちゃったの。そこで学年で注目を浴びている木嶋くんをどうすれば付き合えるか考えた。普通に告白しても承諾してもらえないことは目に見えた。そこで同情させることを思いついたの」
「それで僕を利用したってことか」
「うん。勝手でしょ。でも、付き合ったら最初は楽しかったけど、長続きしなかった。彼はモテる人だからすぐに他の女に行ってしまう。捨てられることが分かったから捨てられる前に捨てたの。おかげで傷付かずに済んだけど、結局私の恋愛ってスリルだけを楽しむ綱渡り状態。思い返してみれば私の初めての彼氏、小高くんが理想の彼氏だったなってつくづく思う」
「まさか寄りを戻そうって話か?」
「えぇ。今、付き合っている人はいるの?」
「いないけど、それは虫がいい話じゃないか? 僕が君と付き合うとでも思っているわけ? 逆の立場になって考えてくれよ」
「勿論、都合がいい話なのは分かっているつもり。だからこうしよう。私が二度と裏切らないように契約書を結ぼう。裏切りたくても裏切れない契約書。私はもう子供じゃない。大人として付き合いと思う」
「契約書って?」
「裏切った場合は慰謝料をあげる。これは前金として受け取ってくれるかな?」
落合はテーブルに茶封筒を差し出した。その中身は百万円の束が二つ。つまり二百万円だ。
「私は本気だよ。再会したのは何かの縁だと思うし、これから理想の恋人になりましょうよ。ね? 小高くん」
眩しい笑顔で落合は言った。何かの罠か。それとも本気なのか。
現金で大金を用意している辺り、どちらにせよ僕に執着があることは窺える。
僕は茶封筒に現金をしまい、落合に返した。
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