第6話 翌日の朝に
僕は美味しそうな匂いにより目を覚ました。
「この匂いは……」
「あ、起きた? おはよう。小瀬くん」
椎羅は既に起きており、キッチンから顔を覗かせた。
「お、おはようございます」
昨日、椎羅の部屋に泊まったことを思い出す。
あれは夢ではなく現実だと実感させられる。
昨日の酔っ払いが嘘のようで椎羅はしっかりと髪をセットして化粧も万全である。
「朝食、もうすぐ出来るから待っていてね」
「ありがとうございます。顔だけ洗ってきます」
「タオル用意してあるから使ってね」
「はい」
顔を洗って戻るとご飯に味噌汁。卵焼きにサラダが添えられていた。
「簡単なものしか出せないけど食べていって」
「ありがとうございます。簡単と言ってもしっかりしていますよ。いただきます」
味噌汁が身体に染みた。それに甘い卵焼きがご飯を進める。
「お、美味しいです」
「ありがとう」
「椎羅先輩。いつもこんな朝食作っているんですか?」
「普段はコンビニとかで簡単に済ませるよ。今日は小瀬くんがいるから。昨日はごめんなさいね。私、勝手に酔い潰れて迷惑掛けたでしょ。話が弾むと呑みすぎる癖があるんだよね。弱いくせして情けない」
「迷惑なんてとんでもないですよ。力になれてよかったです。それに結果的にこんな美味しい朝食が食べられて僕は満足です」
「あ、あなた。平気でそういうことが言えるのね」
「え? 何のことですか?」
「別に。それより小瀬くんにはまた秘密が増えてしまったわね。勿論、このことは……」
「はい。内緒ですよね?」
「わ、分かっているならよろしい。それはそうと小瀬くん。今日はどうする?」
今日は普通に出勤日だ。椎羅はスーツを着こなしていることを見ると普通に出勤する様子である。
「勿論、出勤しますよ」
「勿論って一度家に帰った方がいいんじゃない? 着替えとかあるだろうし。手間だったら半休か有給にした方が無難だと思うけど」
「まぁ、そうなりますよね。でも会社から近いので問題ないですよ」
「そういえばあなたって家、どこなの?」
「あぁ、それはですね……」と僕は家の住所を教える。
「近い。会社から五分で行けるじゃないの」
「はい。内定決まってすぐに近くへ引っ越したんです」
「そんな近くなら通勤のストレスないじゃないの。羨ましい限りね」
「椎羅先輩も会社の近くに引っ越したらいいじゃないですか」
「わ、私はここが自分の生活圏として都合が良いからここにしているのよ」
「へぇ、通勤の負担以上にこの辺いいところなんですか?」
「そ、そうよ。安いスーパーは近いし、イオンは近いし、行きつけの美容院も徒歩圏内にあるからね」
「そうですか。ご馳走様です。片付けは僕がやりますよ」
「そのままでいいよ。それより出勤するなら早く出た方がいいんじゃない?」
「そ、それもそうですね。先輩も行きましょうよ」
「私は後で行くよ。それに今日は直行で得意先に行く予定だから。一緒だとほら、誰かに見られた時面倒でしょ?」
「そ、それもそうですね。と言いつつ、またサボりじゃないですよね?」
少し意地悪するように僕は言った。
それに対して椎羅はムキになったように言い返す。
「今日は真面目に仕事するわ! 小瀬くんも今日はサボるんじゃないわよ」
「も、勿論ですよ。今日は流石に契約を獲らないとまずいので頑張ります」
「頑張って。良い報告を待っているから」
「はい。では後ほど。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
椎羅に見送られて僕は一旦、家に帰宅することに。
そして椎羅は直行のため、時間調整しながら出勤する。
奇妙な一夜を過ごしてしまった俺は胸がざわめいた。
こうやって椎羅のプライベートを知ると親近感が湧くというか仕事の一面からガラリと印象が変わった気がする。
それは悪い意味ではなく良い意味で馴染み深い。
自宅に戻り、簡単な家事を済ませて着替えた後、僕は出勤する。
「さて。今日も頑張りますか」
今日の自分は何でもできる。そんな感覚が強かった。
その思い込みは正しかったようで入社以来、初めて高額の契約を結びつけることができた。
真っ先に椎羅に電話で報告した僕はテンションが高かったかもしれない。
「先輩! やりました。大型案件の契約獲れましたよ」
報告を聞いた椎羅は電話口で驚いた様子を見せた。
「よくやった。小瀬くん。これで君もようやく一人前だよ」
椎羅に褒められたことが何よりも嬉しかった。
まるで自分のことのように椎羅も喜んでくれて僕は報われた気がした。
これが営業の達成感である。決まれば嬉しい。分かる人にしか分からない。
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