第5話 送り届けた先に
椎羅に誘われて居酒屋で飲み食いしていた頃。
「なんらそいつ。とんふぇもないやつふぁな」
僕の話を聞いていた椎羅の様子が少しおかしい。
と言うより完全に酔い潰れている様子だ。
「せ、先輩。呑み過ぎですよ」
「これが呑まずにいられるか。百パーその女が悪い!」
「わ、分かりましたから。先輩、今日はこの辺にしておきましょう。続きはまたと言うことで」
酒は好きなようだが、酒は強くない様子だ。五杯くらい呑んだ椎羅の顔は真っ赤である。
お会計をして頂き、店を出ると椎羅はフラついていた。
「せ、先輩。大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。問題ない」
「肩貸しますよ。あまり調子乗っちゃダメですよ」
こんな椎羅の姿は見たことがない。
普段が仕上がっているだけに今は完全に真逆の姿であった。
「家まで帰れますか?」
「うーん。まぁ」
頭痛がするのか頭を抑える姿が心配だった。
終電はまだあると思うが、場所によっては終電が終わった液もある。
「先輩の家ってどこですか? 僕、心配なので家まで送りますよ」
「そこまで世話になるわけにはいかない。小瀬くんは私を放って帰っていいぞ」
「と、言われましても……」
現状、椎羅は僕が肩を貸しておかないとまともに立っていられないくらいフラフラである。女性を夜の街に放り出すのも如何なものかと思う。
「先輩が何と言おうと僕は家まで送り届けるまで帰りません。家を教えてください」
「ふにゃふにゃ」
「寝ないでくださいよ。こうなっては仕方がありませんね。先輩、失礼しますよ」
僕は断りを入れつつ椎羅の鞄から財布を取り出し、免許証を取り出した。
そこに書かれた住所を目に刻んだ。
「先輩、会社から遠いところに住んでいるんだな。終電はまだあると思うけど」
椎羅は会社から五十分くらい離れたマンションに住んでいた。
時刻表のアプリを見ると終電はまだ残っていることを確認した。
「寝ていていいですからせめて自分で歩いて下さいよ」
「無茶言うな」
無意識の椎羅を引きずりながら最寄駅に着き、マンションまでは徒歩で五分くらいの距離にあった。
椎羅の部屋は五階だ。エレベーターに乗り込み部屋まで何とか運び入れる。
「先輩。椎羅先輩。着きましたよ」
「んんん」
さりげなく椎羅の、女性の一人暮らしの部屋に入ってしまった。
玄関には人が一人通れるくらい狭い廊下になっている。
ただ、ゴミを溜めているようでそれがなければ広い空間のはずだった。
「このままベッドに寝かせよう」
僕は椎羅をリビングまで運び入れた。
リビングは普通に片付いていて安心した。
ただ、スッキリした部屋になっており、必要最低限といった者だけが置かれている。趣味用品は特にない様子。無趣味なのか?
「着きましたよ。身体、気をつけて下さいね」
僕は最後の仕事を終えて帰ろうとした時である。
ガッと手首を掴まれた。
「せ、先輩?」
「小瀬くん。帰りは?」
「もうこの時間ですので終電は終わっていますね。でも適当に歩いて帰りますから気にしないで下さい」
「それはダメだ。ここに泊まっていけ」
「へ? と、泊まりって……」
「私のせいでこうなってしまったんだ。せめて泊めさせてくれ」
「で、でも」
「うっ。ダメだ。意識が遠のきそうだ。悪いが先に落ちる。適当に風呂使っていいから。タオルは脱衣場に何枚かあったはずだから。おやすみ」
「え? ちょ、先輩?」
そのまま椎羅は深い眠りの中へ消えていく。
一人取り残された僕はどうしていいか困ってしまった。
とはいえ、この付近に泊まれそうなホテルとか無さそうだし、歩いたら何時間掛かるか分からない。タクシーなんて使えばいくら掛かるか分かったものではない。
「まぁ、仕方がない……よな」
僕はシャワーを借りることにした。
どこに何があるか分からない中、手探りで必要なものを探し当てて何とか寝る前の支度を整える。
椎羅の安らかな寝顔を確認した僕は自分も寝床に就こうと腰を下ろす。
当然、椎羅と一緒のベッドで寝るわけにはいかない。
僕は硬い床で一夜を過ごそうと心に決めるのであった。
「おやすみなさい。椎羅先輩」
眠りにつくまで時間が掛かったが、椎羅と同じ屋根の下で寝たことは誰にも言えない秘密になることは間違いなかった。
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