第4話 仕事終わりの一杯
漫画喫茶を出る時、僕は椎羅に誰が見ているか分からないから別々に出ようと提案した。それは表向きの理由で別の理由があった。
「会員になったことだし、またうちにサボりに来てよ。小高くん」
そう、落合夢華に二人でいるところを見られたくなかったからである。
「まぁ、気が向いたら」
おそらく来ることはないだろう。来るとしても別の店舗、もしくは落合がシフトに入っていない時間帯だったら考えてもいい。
「またのご来店をお待ちしております」
落合は妙に仕事モード全開の対応が鼻につく。
何か企んでいる? いや、気のせいだと言い聞かせた。
「お待たせしました。椎羅先輩」
先に会計を済ませた椎羅は店の前で待っていた。
「直帰の連絡を会社に入れておいたよ」
「ありがとうございます。助かります」
「さて。これで縛られるものは何も無いってことね」
「そうですね。ところで付き合うってどこか行くんですか?」
「社会人が仕事帰りに行くとしたら一つしかないでしょ」
漫画喫茶から出たその足で僕と椎羅は焼き鳥が看板の居酒屋へ入った。
周りを仕切る囲いはなく完全にオープンタイプのチェーン店である。
「とりあえず生でいいかな?」
「えっと、僕はハイボールで」
「ハイボール?」
「す、すみません。どうもビールが苦手で」
「ビールの味が分からないようじゃ社会人として置いていかれるぞ」
「じゃ、生で」
そうだ。仕事ができる椎羅さんは仕事以外でも僕を教育してくれようとしているんだ。それを僕は甘えていた。と、僕なりに言い聞かせた。
テーブルにビールが二つ並べられた。
「それじゃ、乾杯!」
「か、乾杯」
一口目から椎羅は勢いよくグビグビと飲む。
まるで男性のように豪快な飲みっぷりだ。それに比べて僕はチビチビと飲む。
「仕事終わりのビールは最高だな」
「ははっ。仕事していませんけどね、僕たち」
「それを言うな」
つまみの焼き鳥も来ていよいよ勢いが乗る。
「そういえば椎羅先輩と食事をするのは初めてでしたね」
「そうでも無いでしょ。昼ごはんはよく行っていたし」
「そうですけど、僕が言っているのは仕事外ってことで」
「そうだったね」
「どうして僕を誘ったんですか?」
「サボりを見られたから」
「いや、誰にも言いませんよ? 僕も言われたら立場ないですし」
「そうじゃなくて。なんて言えばいいかな。あれよ、あれ」
「あれ?」
「んー小瀬くんを見ていると心配でしかないのよ」
つまりそれは頼りないと言う意味に直結していた。
良い意味ではないことは確かだ。
「そうがっかりしなさんな。今日は私の奢り。ドンドン飲み食いしていいから」
「あ、ありがとうございます」
今日の椎羅はやけに優しい。こんな一面もあったのかと、少し意外だった。
「それで何か困っていることはないわけ?」
酒が進み、ふと椎羅はそんなことを聞いてきた。
「困っていることですか?」
「会社のことでもプライベートのことでも何でもいい。私に言えることがあれば言ってみろ。この機会だし、何でも答えるぞ」
入社一年目で積もりに積もる話は勿論ある。
プライベートだって不安がないと言えば嘘になる。
「じゃ、笑わないで聞いてくれますか?」
「おぉ、何でも言ってみろ。悩みを聞いて誰が笑うか」
「じゃ、言いますけど。僕、女性が苦手なんです」
「女性が苦手?」
「詳しくはあんまり言えないんですけど、昔付き合っていた彼女に酷い仕打ちを受けてそれからちょっと苦手意識があるんです」
「そんな感じしないけど、どう苦手なんだ?」
「言っていることに裏があって裏切られるかもしれないって感じです」
「小瀬くんの悩みはよく分かった。つまりその苦手意識を改善したいってことだな?」
「まぁ、そうですね」
「よし。私を使って改善しよう」
「え? 先輩を使って?」
「後輩が困っているんだ。プライベートの悩みを抱えたまま仕事をされても息が詰まるからさ。まぁ、私に任せておけば大丈夫。心配するな」
全く根拠のない話に椎羅はノリノリだった。
それはただアルコールが入っているだけかもしれないが、僕としては頼りになる存在に感じた。
「ところで小瀬くんは童貞かい?」
「え? いや、その……」
アルコールが入るとグイグイくる椎羅に僕は戸惑いを隠せなかった。
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