第3話 鉢合わせ
「こ、小瀬くん?」
「し、椎羅先輩」
僕は絶対に会ってはいけない人物と遭遇してしまう。
場所が場所で同じ職場で尚且つ直属の上司となれば尚更だ。
「あなた! 仕事をサボってこんなところで油を売ってどう言うつもり?」
「ひっ! す、すみません。これには訳がありまして……」
「ただサボっていただけでしょ。新人のくせに良いご身分ね」
「いや、その……ですからこれはサボりとかではなく……」
ふと、僕は矛盾している状況にピーンと来る。
「椎羅先輩。先輩がここにいるってことは先輩もサボりってことですよね?」
「そ、それは……。私は訪問先の資料を確認するために立ち寄っただけよ」
「わざわざ漫画喫茶で?」
「それは近くに喫茶店がなかったから仕方がなく」
「おかしいですね。この付近、結構喫茶店充実していますけど、なかったでしたっけ?」
「う、うぅ……。待って。『も』って言ったってことは小瀬くん。やっぱりサボりじゃないの」
「す、すみません。これには深い事情がありまして……。いや、待ってください。やっぱり先輩もサボりじゃないですか」
「わ、私はいいのよ。結果を出しているんだもの。こうやってサボれるのはやることをやったものの特権なんだから。それに比べて小瀬くんはどう? 結果を出していないじゃないの」
「そ、それはそうかもしれないですけど……でも先輩はサボっていますよね?」
お互いがお互い開き直りながら攻防戦が続く。
しかし、他人の目線が突き刺さり僕も椎羅も口籠る。
「ここはちょっと目立つわね。ちょっと来なさい」
僕は椎羅に手を掴まれて連れてかれる。
椎羅は半個室のフラットマットの部屋で席を持っており、僕はそこに押し込まれた。
「椎羅先輩。ガッツリと何時間も居座るつもりでしたね」と僕は小声で言う。
「見られたからには仕方がないわね。ここはお互い見なかったことにしましょう。それで手を打たない?」
「そうですね。分かりました。でも意外ですね。先輩もサボったりするタイプだったとは。どんな時でもキビキビ外回りしていると思いました」
「普段は私だってこんなことしないよ。結果を出し切った時だけ。それが営業の特権みたいなものだから」
正しいような言い方をするが、結局はサボっているので説得力はない。
完璧に見えた先輩でも息抜きをするときはするのだろう。
「ん?」
半個室の中には今、人気の少女漫画が散乱していた。
「これ、先輩も読むんですね。面白いですか?」
「面白いなんてものじゃないよ。素直になればいいのに全然自分の気持ちに素直になれなくてイライラする。巻数を重ねても進展ないってどう言うことよ」
「先輩。ガッツリハマっていますね」
「い、いいでしょ。別に」
「いいですよ。僕もこの何とも言えないハラハラ感が好きです」
「へー。あなたもこう言うもの読むのね」
「僕は電子で読むタイプですけど、電子になっていないものもありますから漫画喫茶はいいですよね」
「う、うん。なんか仕事する気分じゃなくなったわね」
「それは元々でしょ」
最もらしいツッコミに椎羅は恥ずかしそうに目を背けた。
無言になった瞬間、今の状況が信じられなくなった。
そう、あの完璧な椎羅と狭い空間に居合わせているこの状況。
手を伸ばせば届く距離に椎羅の匂いを感じた。
今まで意識していなかったけど、椎羅のオフ姿って妙に親近感があると言うか、近い距離に感じる。この感覚は何だろうか。
それにいつもと違った姿がまたありな気がする。
「ねぇ、小瀬くん」
「は、はい。何でしょうか」
「このことは二人だけの秘密。約束出来る?」
「も、勿論です。約束しますよ」
「そう、まぁ、今は信じるしかないか」
僕のことは信じていないように聞こえる。
僕がペラペラと椎羅がサボっていることを言うわけがない。
だってお互い様なのだから。裏切りは出来ない。
「今日って帰社してからすることってある?」
「いえ、特別今日しなければならないことはないですね」
「そう、私もそんな感じ。定時まで一時間足らず。このまま帰ってもすぐ帰ることになるわね」
「そ、そうですね」
ん? 何だ。この感じ。試されている? それとも言わせようとしている?
「小瀬くん。今日は直帰しましょうか」
「え? いいんですか?」
「私が許す。そもそもこの状況で仕事の切り替えは出来ないでしょ」
「まぁ、確かに。直帰って良い響きですね」
「喜ぶんじゃないわよ。直帰はしても良いけど、その代わり一つ付き合ってもらえるかな?」
「え? はい。時間が出来たので構いませんけど」
「元から時間あったでしょ。さぁ、店を出ましょう」
椎羅はそう言って帰る支度を始めた。
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