第2話 過去のトラウマ
クラスで。いや、学年で一番可愛いと評判の栗毛でお淑やかな美少女がいた。
それが
落合夢華と付き合ったのは高校一年の夏休みのことである。
当時、同じクラスで共有の友人と遊んだことでお互い意識するようになり、花火大会の日に交際がスタートした。
高校生活が華やかになり、将来はどんな結婚生活をしたいか語り合った仲だった。二十三歳までに結婚して子供は二人。男の子と女の子。家は新築の一軒家が理想だけど、無理だったら中古でもあり。結婚式は挙げなくてもいいけど、旅行は毎年行きたいね。など、二人で歩むことを想定した話でよく盛り上がっていた。今となってはただの夢語りだけど、当時は本気でしたいと考えていた。
しかし、落合夢華と関係が終わったのは一瞬のことである。
彼女の誕生日にサプライズをしようと友人たちと共に準備をしたが、サプライズされたのは僕の方だった。
そう、落合はサッカー部のエースでイケメンの木嶋翔平と浮気をしていたのだ。その現場を僕は良からぬ形で目撃してすぐに現場を駆け寄って問いただした。
「夢ちゃん! これはどういうことだ。何で木嶋と関係を!」
問い詰めようと落合に駆け寄ったその時である。
浮気相手の木嶋が唐突に僕の腹部に足蹴りをしたのだ。
「ガハッ!」
「汚い手で夢華に手を出すな。このDV野郎」
「はぁ? DV? 何を言って……」
DV。ドメスティック・バイオレンスの略で配偶者や恋人など親密な関係にある者に振るわれる暴力行為のことである。
「惚けるな。小瀬! お前は夢華に日頃から暴力を振るっていたそうだな」
「暴力? 何のことだ?」
「翔くん。小高が怖い。また私を傷付けようとしてくる。私、耐えられないよ」
「大丈夫。俺が守ってやるから」
何が起こっているのか理解できなかった。
落合は身を縮めて木嶋に擦り寄っていく。対して木嶋は俺に敵意を向けていた。状況が全く分からなかった。
「夢ちゃん?」
「小高に言うこと聞かないと殴るっていつも脅されているの。私、怖いよ」
「小瀬。二度と夢華に近づくな」
すると、落合は僕にだけ見えるように小さく舌を出した。
あっかんべーをされたのだ。騙された。そう直感した。
結局、そのまま落合夢華とは裏切られる形で別れてしまった。
理由は今でも分からない。ただ、彼女を苦しめるような酷いことはした覚えがない。知らない間にしてしまったかもしれないが、それでも浮気されて冤罪まで押し付けられるようなことをされる義理はない。
落合夢華のトラウマもあり、僕は女性との付き合い方が分からず、独身を続けている。と言うよりも僕はもう二度と恋愛が出来ないかもしれない。
それくらい当時の出来事は衝撃的だったのだ。
それなのに久しぶりに会った落合はそんな酷いことをしたとは思えないくらい平然としている。
虐めた側はすぐ忘れるが、虐められた側はずっと引きずる感覚と同じだ。
精神的苦痛はいつまでも覚えている。
「はぁ、ダメダメ。今は忘れろ。サボることに集中するんだ。そうだ。漫画喫茶ってドリンクバー飲み放題だったよな。せっかくだからコーヒーでも飲もうかな」
俺は席を離れてドリンクバーのコーナーへ向かった。
ドリンクだけではなくアイスクリームや味噌汁なんかも置いてある。
これが全て利用できるなんてまさに夢のようだった。
「あ、小高くん。何か飲む?」
丁度、落合夢華はドリンクバーの補充作業をしていた。
タイミングが悪い。
「ちょっと、コーヒーを」
「入れてあげるね。ホット? アイス?」
「アイスで」
「あいよ」
手際よく落合はコーヒーを入れる。
「はい。どうぞ」
「ありがとう」
「小高くん。私のこと避けている?」
「別に……」
「あの時のことは悪いと思っているよ。酷い別れ方をしたなって。ごめんね。今度、二人でゆっくり話せないかな? あれから色々あってさ。何なら奢るし」
「僕のことは構わないでくれ。君を許すつもりはない」
そう言い残し、僕は振り向かずに自席に戻った。
何か言っていたが、僕は耳を塞いでいた。
今更あんな優しい言い方をされたところで過去が無くなる訳ではない。
理由がどうであれ、心の傷は一生のもの。
心を平常心にさせるため、コーヒーを飲む。
それでも僕の心はモヤモヤしたままである。
「ダメだ。集中できない。せっかくだから漫画の一冊でも読もうかな」
席を立ち、本棚へ足を運ぶ。
落合とは出来るだけ距離を離れて奥の本棚へ。
何となく眺めて気になった漫画のタイトルに手を伸ばした。
「あっ……」
「あっ……」
指と指が触れ合う。ふと、僕はその相手に目を向けた。
「え? 小瀬……くん?」
「椎羅……先輩」
そこに居合わせたのは会社の上司である
何故、ここに先輩が?
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