仕事が出来る完璧な美人先輩に仕事をサボっていたのがバレた結果、一気に距離が縮まっていた件

タキテル

第1話 よし、サボろう


 大手オフィス用品レンタル・販売会社に勤める僕、小瀬小高こぜこだか(二十三歳)は入社一年目の新卒である。まだ不慣れなところもあり、半人前だ。


「小瀬くん。君、今月のノルマ未達よ。どうするの?」


 僕を叱りつけるのは椎羅彩葉しいらいろは(二十五歳)である。

 僕が所属する営業一課の直属の上司だ。

 ふわふわした髪にキリッとした目。ビジネススーツが似合うスラッとした体型で誰が見ても美人なお姉さんと言ったところだ。

 入社五年目の彼女は課長補佐という役職を得ており、営業成績は毎月トップで期待の逸材として社内では尊敬される。

 そんな出来る人が僕の上司であるわけで目を付けられていた。


「す、すみません。先輩」

「すみませんじゃない。ノルマ未達だからどうするのって聞いているの」

「ぜ、全力で契約を獲ってきます」

「獲れなかったらどうするつもり?」

「えっと、意地でも獲ります」


 僕がそう答えると椎羅は「はぁ」とため息を吐いた。

 的が外れた回答をすると決まってこうである。


「まぁ、別にいいけど、しっかりやりなさいよ」


 そう言いながら椎羅は外出の準備をする。


「先輩、どこか行かれるんですか?」

「ちょっと得意先にね。私がいないからってサボるんじゃないよ。いいわね? 小瀬!」

「は、はい。行ってらっしゃいませ!」

「行ってきます」


 椎羅が出かけると社員は頭を下げて見送る。

 扱い方はまるで社長だ。


「はぁ、僕も契約を取るために出かけるか」


 ノルマ未達の僕は見送られることすらされない。

 営業成績の低い僕は存在価値がないと言われているようでならない。

 どうしたら営業成績を上げられるか。椎羅先輩という見本がありながら僕は全く吸収できていなかった。

 入社一年目はノルマ未達でも多めに見てもらえるが、二年目になるとそうは行かない。未達が続けば会社をクビになることだって考えられる。それが営業として入った者の使命である。

 営業は基本、ルート営業でオフィスの社員相手に自社商品を売り込むのが仕事。コーヒーやウォーターサーバーの飲料系、机や椅子などの事務用品を扱っている。レンタルや販売をしているので如何に相手のニーズに寄り添えるか営業の見せどころだ。

 だが、僕は現在疲れ切っている。どうせ今日も契約が取れない。

 そう考えると足を動かすことが無駄に感じたのだ。


「はぁ、今日は気分が乗らないな。サボるか」


 入社して以来、何度もサボろうと頭で考えていたが実際にサボったことは一度もない。それは椎羅がOJTとして常に横にいたからだ。

 だが、ここ数週間、一ヶ月くらいは独り立ちして単独行動するようになった。

 日に日にチャンスを窺っていたかもしれないのが正直なところ。


「今日くらいはいいよな」


 そう自分に言い聞かして僕はサボろうと強い意志を固めた。

 いつも回るルート営業の道を外れてオフィス街から離れた方向へ歩き始める。

 サボることを決めた途端、急に爽快感を感じたのだ。


「はぁ、何をしようかな。サボりってどこに行けばいいんだろう」


 サボり方を知らない僕はどうすればいいか迷っていた。

 会社の人に見つかるわけにはいかない。そうなると人目の付かない場所に行く必要がある。一体どこへ?

 社会人として未熟である一方、サボりとしてのやり方も未熟な僕は途方に暮れた。そんな時、僕はあるものに目が止まった。


「漫画喫茶?」


 街の外れの一角にあった漫画喫茶だ。

 こんなところにあったんだと新しい発見の中、僕はこれだと閃いた。


「よし。ここでサボろう」


 そう決め込んだ僕は迷いながらも漫画喫茶に入店した。


「いらっしゃいませ」


 静まり返った店内。漫画喫茶は基本、私語厳禁で利用客は一人で入ることが多い。その背景から他人には無関心というのが特徴である。

 僕は二、三回くらい利用したことがあるが、忙しくてなかなか来る機会がなかった。


「ご利用プランはどのようにしましょうか?」


 漫画喫茶には様々なプランが用意されている。

 共通の椅子テーブルがあるスペース。

 リクライニングチェアがある半個室。

 完全個室のフルマットタイプ。

 利用時間や目的でそのプランが変わってくる。


「うーん。どうしようかな」

「お客様はサボりですか? 小高くん」

「え?」


 現在の状況を当てられたというよりも名前を言われたことに驚きを隠せなかった。ふと、店員の顔を見上げると懐かしい顔がそこにあった。


「久しぶりだね。小高くん」

「落合……さん?」


 落合夢華おちあいゆめか。高校一年から三年まで付き合っていた元カノである。

 高校生でありながら結婚まで想定していた相手だったが、それは裏切られる形で別れてしまった。


「高校卒業以来だから四年ぶりかな? 全然変わっていなくて驚いたよ」

「落合さんも元気そう……だね」

「落合さんなんてよそよそしい言い方しないでよ。昔は夢ちゃんって呼んでくれていたのに」

「それは付き合っていた頃だし、今は呼べないよ」

「ふーん。まぁ、いいけど。初めての入店だよね? 会員証は持っている?」

「会員証?」

「無いと利用できないの。でも無料ですぐ作れるからこの紙に必要事項の部分に記入してね」

「は、はい」


 言われるがままに名前、住所、連絡先なんかを記入した。


「うん。これで会員証の発行をするね。ところで今日はどのプランで利用しますか? サボりだと半個室でリクライニングチェアのプランが良いと思うけど、どうします?」


 落合は仕事モードで僕に接客する。


「ちょっと待ってよ。サボりの前提で話を進めないでくれ」

「違うの? そんなわけないと思うけどなぁ」

「何でそう言い切れるのさ」

「平日の昼間にスーツ姿で漫画喫茶ってサボり以外ある? うちはね、営業マン御用達のサボり喫茶なんだよ」

「サボり喫茶?」

「ここってオフィス街から離れて人目の付かない場所にあるから丁度良いサボりスポットになっているんだよね。だからうちの客ってサボリーマンが多数を占めているんだよ。ある意味凄いよね」


 よく見ると客層はスーツ姿のサラリーマンがちらほらと見られた。

 落合の言う通り、ここの漫画喫茶はサボりスポットに丁度良いのだろう。


「ぼ、僕はサボりじゃないし。ちょっと営業先に持って行く資料の確認をするために立ち寄っただけだよ。すぐに帰る予定だからこのプランでお願いします」


 僕は共通スペースのプランを指定した。全ては勢いだった。


「ふーん。そうなんだ。ではごゆっくり」


 落合はこれっぽっちも信じていない様子で伝票を僕に渡した。

 サボりのつもりで来たのに全然サボれないプランを選んでしまった。

 せっかくサボるチャンスだったが変なプライドが邪魔をしてしまう。

 それよりも僕の意識は別にいっていた。


「まさかこんなところで落合と再会することになるとは……くっ。不覚だ」


 僕は片手で頭を抱えた。

 そう、落合夢華は僕の元カノであると同時に僕の女性不信の原因を作った張本人でもある。それは決して忘れることのない出来事が原因である。


■■■■■

新作開始!

よろしくお願いします。

先輩後輩の緩〜い話です。

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