第5話 返品方法

「それで、想いを伝えようって思ったわけね」

「うん」

 ルプリの雑貨屋に、珍しい客が来ていた。少年だ。

 6歳から8歳くらいだろうか。意中の女の子に告白したいのだという。その際に気持ちのこもった贈り物をしたいのだが、相手はかなりお金持ちの家の子らしい。金額や物の良さでは心を動かせないと踏んだ少年。何か特別な意味のある縁起の良い雑貨を教えてほしい、というのがルプリに課せられたミッションだ。

「だったらコレね、黄色い蛇の貯金箱! 一途な愛情を意味するのよ。使うときはコインの詰まりに注意するようにね」

「……これにします!」

 強い気持ちをきっかけに商品を選ぶ少年に対し、『錬金能力』など使う余地もなかった。よほどのことがない限り使わないと誓ってはいたが、都合によっては今はその時であるというのがルプリの見立てだった。

 それだけ、ルプリはこの少年からただならぬ熱意を感じていた。

 レジ打ちの打鍵音を軽快に響かせ、「ありがとうねー」と少年を見送る。

「いい商売したわあ」

「わからんものだな、ちょっと前まではガラクタ売りだったのが、こんなにハートウォーミングな商人になるんだから」

「余計なお世話よロドーネくん」

「はいはい」

 忠告のように指を差して毒づくルプリに、ロドーネは肩を竦めた。

 そこに訪れる、新たな客たち。

「儲かりますかー」

「あらシファン、ぼちぼちよー。と、こちらは?」

「ルシャスです、ルシャスハイツの」

 前々から雑貨屋の存在が気になってはいたものの、忙しさから顔を出せずにいたルシャスだったが、シファンやミラニカの強い勧誘の結果、今日初めて雑貨屋の暖簾をくぐるに至った。

「僕らの大家さん。今日は時間あるみたいだったから誘ってみた」

「あら、ルシャスハイツの! ロドーネくんがお世話になってるっていう?」

「そうそう、お陰様で足伸ばして寝れるんだ」

 他愛ない雑談を交わしながら雑貨を見て回り、手に取ってはルプリが解説を挟む。そんなやり取りがしばらく続いたあと。

「……ああーっ!!」

 ルプリは、前触れもなく叫んだ。




「つまり我らが店長は、少年が金持ちのお嬢様に告白しながら渡すプレゼントとして、金運の上がる貯金箱を買わせてしまったことに今さら気付いた、と」

「……そうなの」

 絶叫の理由を聞いた一同は、揃って落胆の声を上げる。

 だが、こうなってからの彼らの行動は早かった。

「私、空から見渡してみる!」

「僕は走って探してみる。ルプリ、少年はどっちに帰っていった?」

 裏の空き地へと走っていくシファンと、ルプリの指差す方へ全速力で走っていったミラニカ。

 目印は、ルプリの雑貨屋マークのついた包装紙で包まれた大きな箱を持つ少年だ。

「店長も行ってこいよ。俺、店番しとくから」

「ロ、ロドーネくん……!」

「ほら。これ、こないだ店長が言ってた恋愛成就の神様の置物」

「……行ってくるわ! ボーナス弾んでおくから!」

 そう言い残し、裏の空き地へ向かったルプリ。

「ったく、なんで蛇と神様勘違いしたんだか」

「それは……、そうだね」

 残ったルシャスに、ロドーネはお茶を淹れ始めた。




「爆発で飛ぶったって、それじゃあ空の上で見渡しづらいでしょ」

「あ、ルプリも来たんだ」

「私が“建てる”から、乗って見渡せばいいのよ」

 雑貨屋裏の空き地に、シファンとルプリ。先日いがみ合ったその場所で、二人は共通の目的のため協力することとなった。

「私が高台を作りつつ」

 まず、ルプリは周辺を一望できる高さの足場を形成。空気の融点を金相当に変換して固体化させることで実現する芸当だ。『金の塔』と名付けてご満悦のルプリ。

「爆発の魔法で私とルプリを運んで、その上に立つ」

 シファンが能力で立て続けに爆発を起こし、空気の固体で自身に繋げられたルプリごとその風圧で上昇、するのだが。

「お、お手柔らかに頼むわよ」

「わかった、わかったから。屈まれるとやりづらい」

 シファンの左手首とルプリの右手首とを繋ぐ、固体化した空気による『金の手錠』。一緒に飛ぶためには仕方のないことだから、とシファンに説得されて作ったのだが、その感触は初めて空を飛ぶルプリの不安を煽った。

「も、もうちょっとだけお時間いただいても……?」

「急ぐからだめ」

 ルプリの要望を残酷に突っぱねると、シファンは淡々と『連鎖爆発』による飛行を始めた。

 シファンは、ルプリの本日2度目の絶叫を聞いた。




「雑貨屋から見て、ちょうどルシャスハイツの逆方向。人通りの多い道だ」

「《私も探してみる!》」

 生命力の増強で身体能力を向上させることでルプリの示した方向へ疾走するミラニカと、周囲の人々の視界を一瞬だけ操るライフ。2人ならではの方法で少年を捜索する。

「あれ、この先は確か……」

 ちょうどUターンするような形でルシャス前公園にたどり着く道だ。

「《そっちではないよね、たぶんだけど》」

「だろうね、公園に行くなら直接ルシャスハイツの方に向かったはずだ」

 ルシャス前公園へと続く道を中ほどまで進んでから、ミラニカは脇道へと踏み込んだ。




 ズズ、と緑茶をすすりながら、ルシャスはロドーネと雑貨屋のレジ前で一息ついていた。

「あれ、そういえばルシャスさんって、魔法のほうは?」

「僕の魔法、ね。それが、ちょっと小難しい話になるんだけど」

「あー、じゃあいいっす」

「……そっか」

 説明を断られたルシャスが再び緑茶に手を伸ばそうとした、そのとき。

「……公園、遊具の陰! 少年はそこだ! 箒を借りるよ!」

「……なんて?」

 テーブルを揺らして立ち上がるルシャスに、呆然とするロドーネ。

「緑茶を予言に変換する能力……? いや、箒を……? ま、まさかな」

 裏口のドアを開けてルプリを呼ぶルシャスと、彼が残した緑茶の湯飲みとを見比べながら、ロドーネはあまりにも突拍子のないことを考えた。




「少年は公園にいる! わかるんだ、僕の魔法で!」

 『金の塔』の上に立つシファンとルプリに呼び掛けるルシャス。そうかと思えば、次の瞬間箒に跨がり空を飛んで『金の塔』頂上へと着地した。

「もう告白は始まってる!」

「なんですって!?」

「店長さん、説明して取り替えに行くんだ! 急いで!」

 言った直後、箒による飛行でルシャス前公園へと飛んでいくルシャス。

「ていうか、あの人空飛べたんだ! じゃなくて、なんで肝心の私を連れてってくれないの」

「それは、たぶん……私の爆発で飛ばせるから?」

「え」

 次の瞬間、青ざめるルプリを風圧が襲った。




「それでね、おれ、買ってきたんだ」

 大きな滑り台の裏、ちょうど『金の塔』から死角になる位置で。震える少年の手から“それ”が渡される、その刹那。

「ちょっと待ったああああっ!!」

 先刻、雑貨屋で聞いた声。

 振り向く少年たち。いったいこの数十分の間に何があったのか、著しく髪の乱れたルプリが近づいてきた。

「ごめんなさい、それ不良品だったわ! 売るときに間違えちゃってたの! こっちがちゃんとしてるやつ!」

 言うが早いか、少年の手から金運の貯金箱の入った包みを強引に奪い取り、恋愛成就の神様の置物と交換する。

「危なかったわー。これ、開けた途端爆発するのよ」

 何を思ったか、その場で開けて見せるルプリ。包装紙を破ると、パン、と破裂音がした。驚く少年たち。

「それじゃあね。お嬢ちゃん……返事、聞かせてあげて。私たちはこれ持ってすぐ帰るから、彼だけに」

 そう言い残し、ルプリは踵を返した。ルシャスと共に後方で見守っていたシファンに「ちょうどいい爆発だったわ」とアイコンタクトを送りながら。




「いらっしゃ……あら、少年! それに、この前の子じゃない! ってことは……!」

「うん、デート」

 数日後、ルプリの雑貨屋をカップルが訪れることとなった。背格好は小さいけれど、笑顔でいっぱいのふたり。

「あの、バクハツするの、ほかにありませんか?」

 少女が聞くと、目を丸くするルプリ。どうやらあの一件で爆発する雑貨に興味を持ち、少年に連れられてここを訪れたらしい。

「うーん、今はないわねえ。一番あれに近いのは、まあ、水風船?」

「それ、ください!」

「はいよ、何個ほしい?」

「あるだけ!」

 小さな手のひらに見合わない金額の紙幣を取り出す少女。やはりお嬢様というのは事実らしい。

 苦笑いを浮かべながらも、ルプリは店じゅうの水風船をかき集めてきた。レジの打鍵音と、かなりかさばったお釣り。濡れるとよくないからと、お釣りの紙幣をビニール袋に入れて渡した。

 少年と少女は、そのまま裏の空き地へと向かっていく。程なくして大騒ぎの歓声が聞こえてきた。

「何にせよ、うまくいってよかったわ」

「ああ、そうだな」

「にしてもあのルシャスって人、いったい何者なのかしら」

「わからん。ただ、箒で空を飛んだんだろ。それじゃあまるで……」

「百科事典に載ってる、大昔の魔法使いみたい」

「……だよな」

 薬缶が笛を吹いた。お茶を淹れるためのお湯が沸いたようだ。ロドーネはコンロへと小走りで向かった。

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シファン・アイガー、空を飛ぶ きゅうりジャム @kyuuri_jam

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