第4話 絆の確かめ方

「ロドーネくん、か」

 ルシャス前公園のベンチに座り、両手の平で缶コーヒーを転がすクレアナは、雑貨屋の店員がそう呼ばれていたことを思い出した。

「あれ、クレアナだ。どうしたの、あの人に用事?」

「い、いや。特にそういうわけでは」

 通りがかったシファンの質問に否定を返し、缶コーヒーのタブに指をかける。

「ロドーネって人なら、今ルシャスハイツにいたよ」

 クレアナの手の平から缶コーヒーが滑り落ちた。驚愕の表情でシファンを見、一瞬遅れて缶コーヒーを拾い上げた。

「空き部屋を探しに来たっぽい。『押し入れに詰め込まれる生活はもう嫌だー!』って言ってた」

 考え込んでいるのか黙っているクレアナに、シファンはこう続ける。

「用事があるなら早めに行ったほうがいいよ! 当日から住むことってないだろうし、もうすぐ帰っちゃうかも」

「……それは、その通りだ」

 クレアナはシファンの言葉にオーバーに頷いた。

 その態度が、シファンの目にはなぜか痛ましく映った。




「いやほんと、お金貯めといてよかったー! 空き部屋もあったし、まさに渡りに船!」

「あさってには住めるように準備しておくからね、それまでの辛抱ということで」

 ルシャスハイツの玄関口に立つルシャスと、剣士のような風貌だが決して背は高くない人物。ロドーネだ。

 二人の交わす次の一言は別れの挨拶となりそうだったが、そのとき。

「そこの茶髪、ロドーネと言ったな」

 クレアナがそれを遮った。

「ああ、まさに。俺はロドーネだが」

 クレアナの方へ向き直るロドーネ。

「単刀直入に聞こう。私の名前はクレアナと言う。聞き覚えはないか」

 クレアナの後を着いてきたシファンと、ロドーネの横に立つルシャスは、口をぽかんと開けて脳内にクエスチョンマークを浮かべた。

「……ある」

 ロドーネが歯切れの悪い返事をすると、シファンとルシャスはそのぽかん口から「え?」と声を漏らした。

「あるにはある。が、あんたの望み通りの話はできないと思うよ、『クレアナちゃん』」

 クレアナの頬を、涙が伝った。




 クレアナの部屋に、ロドーネもいた。テーブルを挟んでカーペットに座る2人。

 込み入った話ならいけないから、と身を引いたシファンとルシャスに感謝し、部屋に入ってからの一言目。

「……『ロドーネちゃん』、だろ。なんで、なんで」

 鼻をぐすぐす言わせながら話す、いつもと全く雰囲気の違うクレアナ。

「ややこしい話になる。そうだな、昔話をしようか」




 ある田舎町。髪が長くて仲の良い2人の少女がいた。

 2人はそれぞれ裕福な家庭に生まれたお嬢様育ち。互いを「ちゃん」付けで呼び合い、互いの髪を結い、そうして互いを「かわいいね」と褒め合うのが日課だった。

 そんな2人が9歳のころ。2人のうち、金髪の少女は家庭の事情で引っ越しを余儀なくされた。再開できるのは、再び引っ越して戻ってくる3年後となる見込みだった。

 少女らは誓った。12歳になって再び会えたら、毎年近くの公園で開かれるフリーマーケットでお店をしよう。それまでの3年間で準備をしておこう、と。

 準備と言っても何をすればいいのかわからない。そう思った金髪の少女は、約束の相手である茶髪の少女の言葉を思い出した。

「クレアナちゃん、今日もかわいいね」

 一言でフリーマーケットの準備と言っても、商品に限ったことではない、と少女は思った。2人でかわいい店員さんをしよう。そのために、身だしなみには気をつけて過ごそう、と。

 そして迎えた3年後。

 世界中の人々が、その悲劇に祈りを捧げる日となった。




「10年くらい前か。その田舎町で、魔法に関する大規模な実験があった」

 ロドーネは淡々と語る。

「実験は大失敗。その田舎町全体に、まるで世界中から集めたかのような大きな落雷が集中して発生した。ちょうど、ロドーネ・マクソンの誕生日のことだった」

「……そうだったな。それで、私たちは黒焦げになった故郷から別々の街に避難して、会えなかった」

 クレアナは混乱していた。ロドーネの語る過去の出来事は全て自分の知る通りであるにも関わらず、今のロドーネの立ち振舞いにだけは違和感があり、過去と全く異なっていたからだ。

「クレアナと離れ離れになったロドーネ・マクソンが3年間、フリーマーケットのためにしていた準備。それは、剣術の修行だった。ロドーネ・マクソンは『店には用心棒が必要だ』と思ったからだ。そのとき、長かった髪も切った」

「……ふふ。そんなこと、考えてたのか。ロドーネちゃんらしいと言えばらしいか」

 混乱していた頭が正常に戻っていく、そう感じた。このまま彼の話を聞き、自分の知らない情報が出揃えば当然この違和感も消えるのだと思うと、クレアナはほっとした。

「ロドーネ・マクソンは両親に、誕生日プレゼントとして『鍛冶屋特注の剣』を望んでいた。魔法実験の日、その剣が出来る瞬間に立ち会うため家族ぐるみで仲のよかったその鍛冶屋へと向かった」

 ロドーネが語りを止めると、暫しの静寂が訪れた。

 神を呪った。なぜ自分にこの話の先をさせるのか、と。

「……そこで、ロドーネは事故に遭い、命を落とした」

 苦い表情でそう告げるロドーネには。

「え?」

 たった一文字が、あまりにも重すぎた。




「君の名は、トゥエルブと言うようだ。生前のロドーネが名付けた名だ」

 ロドーネの父が、剣の柄を撫でながら言う。

 彼の親友だった鍛冶職人は、「剣に魂が宿る」とまで評される腕利きだった。

 ロドーネの父が「12歳の誕生日に贈る剣には、記念に“12”と彫るからね」と話したとき、ロドーネは「じゃあ、剣に魂が宿ったら名前はトゥエルブだね」と言ったという。

 誕生日の当日、剣の完成前に鍛冶屋へと向かったロドーネは、その道中で歴史的大事故に遭う。ひどく悲しんだ鍛冶職人は、その遺体の一部だった骨を剣の鍔に埋め込んだ。

 剣に魂が宿る、という評判の鍛冶職人が作った剣には事実、魂が宿っており、その魂は「自身の肉体を同様に変換する」能力を持っていた。

 トゥエルブは自身の肉体、つまり剣の一部であったロドーネの骨を基にして全身を発生させ、その手に自身を握らせ操った。

 トゥエルブと名乗るかわりにロドーネと名乗り、彼女の代わりに生きると決めた。




「……だから、俺は本当のロドーネじゃないんだ。名乗ってるだけ」

 クレアナの嗚咽。ロドーネの目を気にすることもできず、ただ涙を流し続けた。

「実を言うと、あんたのことはずっと探してたんだ。生きてた頃の未練だってことは、俺も聞いて知っていたから」

「……かみ、さわっていいか」

 クレアナがくしゃくしゃの顔のまま呟く。ロドーネは少し驚いて、それから了承した。

 クレアナはテーブルの横から這い寄り、横を向いたロドーネと正面から向き合う。両の手でロドーネの髪に触れた。

 すっかり短くなった茶髪。指通りも、感触も悪い。

 顔を近付ける。匂いだけはあの頃のままだと思った。

 ふと、ロドーネの腕が動いた。はっとするクレアナ。

「この身体、ちゃんと脳まで構成してあるんだ。だから、たまに。……言葉までは話せないようだが」

 ロドーネの両手が、クレアナの髪に触れた。テーブルにあった櫛を手に取り、クレアナに後ろを向かせると、そのまま手際よく櫛を通し始めた。

 しばらくして、両肩をぽんぽんと叩かれる。完成の合図だ。

 鏡を見ると、左右の髪を子供っぽく結ばれた自身の顔。

「……ありがと、ロドーネちゃん。やっぱり私、かわいいや」

 それが、クレアナが流したその日最後の涙だった。




 外を見ると、すっかり夕方になっていた。西日が眩しい。

「それで、ここに住み始めたらどうするんだ」

 クレアナの部屋を出た2人がルシャスハイツの玄関口で話していると、シファンと鉢合わせた。

「そうだ、雑貨屋さんはどうするの? 辞めちゃう?」

「そりゃもちろん、当分は雑貨屋で働くよ。だって……」

 早足でルシャスハイツを出て歩いていくロドーネ。その表情が見えなくなってから、呟く。

「店員で用心棒、天職みたいだからな」

「そうか。……じゃあ、また」

 後ろ手で手を振るロドーネに、クレアナとシファンも手を振った。

「天職かあ」

「どうしたシファン、考え込んで」

「ん、私のも見つかるといいよねーって思って」

「……そうだな」

 返事を聞くと、シファンは部屋に戻った。

 クレアナは、曲がり角を過ぎたロドーネを照らす夕日の影が見えなくなるまで、その姿を見送った。

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