第3話 喧嘩の仕方
あの雑貨屋、怪しい。
言い始めたのはライフだった。雰囲気のいい雑貨屋が徒歩圏内の近所にあると通いつめたくなるもので、ミラニカがシファンやクレアナと雑貨屋に顔を出すと、その度によくわからない置物類に心を奪われていた。
ライフだけはいつも冷静で、「《そんなのいらなーい!》」と反論し続けていたのだが、悲しいかな、オープン初日に置物類を買い込んでいたライフの言葉に説得力はなかった。何なら合計額で言うと一番買っているのではないか。そう言われたライフは、最終手段を思い付く。
「《だったらルシャスさんに聞いてみてよ! あの人魔法詳しいでしょ! こういう幻惑系魔法って、絶対あるから!》」
そこまで言うなら、と一同ぶつくさ言いながらルシャスの部屋を訪ねて質問を投げ掛けると、一言目に「うん、あるよ」ときた。
「《へへ、大当たりぃ》」
程無くしてルシャスハイツ内で「『ルプリの雑貨屋』被害者の会」と称される集まりができた。ライフが調子に乗ってうるさかったのと、本当に騙されてたらなんか悔しいから、というふたつの理由で。
集まるのはライフを筆頭に、ミラニカ、シファン、クレアナだ。
つまりは、いつメン。
「あー、そう。私をとっちめに来たわけ?」
ルプリの雑貨屋前に集まった一同。ロドーネの「いらっしゃい」に対する会釈もそこそこに、店頭の自販機前でああでもないこうでもないと唸っていたルプリを取り囲んでの第一声は、ミラニカの「この店、やってんな?」だった。
ルプリは動揺していた。その証拠に、ミラニカの開口一番の質問に「ええ、営業中ですよ」などといった手堅い返答ができなかった。事実上の自白。
しかし表向きは何食わぬ顔でレジに戻り、後を着いてくる客たちが全員店内に入ったのを確認する。
次の瞬間、レジから取り出したものを“投げた”。
「フラッシュバン!!」
クレアナが叫ぶ。強烈な光や音で敵を無力化することに特化した、殺傷能力度外視の手榴弾タイプの兵器。
次の瞬間、閃光が辺り一帯を包む。
レジ台に残されたパッケージから、「家庭用:本商品は騒音問題に配慮しています」と書かれた説明書がひらりと落ちた。
「で、俺に任されたわけか」
能力によって閃光の被害を回避したのだろうか、ロドーネの目が店内を見通した。正面に膝を付く銀髪と、入り口付近に倒れたパーカー。
いくら用心棒と言えど、こんな局面で剣を使う理由はない。鞘でちょっと小突けば帰ってもらえるだろう。ロドーネはそう判断し、ミラニカに鞘を振り下ろす。
ミラニカの左手が半ば受け止めるようにしながらそれを掴み、反撃の右アッパーを繰り出す。ロドーネは盛大に宙を舞った。
直後、立ち上がる。
「ミラニカだっけ? やるねえ、ボクサー志望?」
ロドーネはミラニカの戦闘力や閃光からの回復力、ミラニカは手痛い一撃を与えたはずなのにピンピンしているロドーネにそれぞれ驚き、そしてそれぞれ瞬時に理解した。
打たれ強さが武器の自分とこいつが戦ったところで、決着は付かない。
「意外な追っ手がついたわね」
雑貨屋裏の空き地には、対閃光用のヘルメットを着用し逃げ出していたルプリと、もう一人。クレアナが対峙していた。
「光は私の『魔法防御』の対象だったものでね」
100%の出力で使いこなせる者の少ない『魔法防御』において術者がより簡単に守れるのは、他人よりも自分やその周辺だ。クレアナは『魔法防御』に長けてはいなかったが、辛うじて自身の眼球だけは閃光の驚異から守ることができた。それだけ自分と他人とで『魔法防御』の難易度は段違いである。
「でもね、お姉さん。誤算があるわ」
「へえ。言ってみなよ」
挑発しながら距離を詰めるクレアナが両手にもつ得物、『仕込み手鏡』が、その瞬間に同時に割れた。まるで何かにぶつかったかのように。
「荒事の心得がないまんま、こんな商売するわけないじゃない」
クレアナは攻めの手段を完全に失い、舌打ちをする。
「あー、ほんっと疲れたわ。世間様に今まで能力隠し続けるの」
ルプリの手に刀剣の類が“現れた”のを、クレアナは見た。
「でも、今日で終わり」
「歩けるか、シファン」
「もう全然平気。ありがと、ライフ、ミラニカ」
「《発起人だもんね、私。活躍しなくっちゃ》」
シファンの中にライフを発生させ、目元に感じる『苦痛を生命力に変換』。シファンに生命力が満ち溢れ、閃光にやられた視界も回復した。
「休戦ってことでいいんだな」
「ああ。どうやらこちらのほうが悪者らしいからな」
肩をすくめて言うロドーネは、「ルプリの逃げた先に心当たりがある」と言い雑貨屋裏の空き地へ2人を誘導した。
「やっぱりな。……あの店長、最初からここでドンパチやることも計算に入れて、この土地に店を構えてやがったらしい」
「あら。送迎ご苦労様、ロドーネくん」
「言っておくが俺は降りるぞ、この騒動」
「はいはい。お給料弾んでおくわね」
ルプリの手にある刀剣のようなものについて、クレアナ以外の誰もが「店から持ち出した雑貨だ」と思った。高級品であればとっくに売り付けているだろうから、安物だろう、とも。
「話はいい! あいつを早くシメろ!」
クレアナの忠告は正しかった。自分自身がとっくのとうにルプリの術中だから。接近を試みるミラニカ。
ただ、僅かに遅かった。
「これは……よく見えないが、四方に固い壁、か」
「なに、これ。前に進めない……!?」
「はあ? そんなの店長の使える魔法じゃあ……」
「ごめんねロドーネくん、ウソついちゃって。私の魔法、単なる『錬金能力』じゃないの」
「私の本当の能力はね、『万象を金相当に変換する』。金ってアレよ、元素記号Au。普段使いは『金相当の価値に変換』って使い方だけれど……」
ルプリには計算高い一面も確かにあるが、しばしば後先考えず暴走しがちな性格でもある。短くない付き合いで、ロドーネは知っていた。
「今あなたたちの周りにあるのは、変換されて融点が金相当になった結果、固体になった空気の壁。名付けて『金の牢獄』ってところね!」
ご丁寧に、勝ちを確信したルプリのモノローグというわけだ。
ルプリ本人とロドーネを除く客たちが戦力外となった中でルプリを止められる手段は、もはやひとつだけ。
鞘を振り上げ、対象の横方向から繰り出す不意打ちの一閃。
それに対してルプリは、自身の手に出現した刀剣のようなものでそれを容易く受け流し、返す刀で鞘を叩き落とした。
「何ッ!?」
「弱くって商人が務まるもんじゃないのよ、ロドーネくん」
子を諭すように淡々と語る。ロドーネの手首と足首を、固体と化した空気が固めた。
そして刀剣を形成していたぶんの能力を解き、雑貨屋の裏口へと歩きだすルプリ。
「命まで取るつもりはないわ。ただ、皆して今日のお夕飯は抜きね。『金の牢獄』に囚われて反省するがいいわ」
ルプリはすれ違いざまにそう言い残し、裏口の取っ手に手を掛ける。
そのとき、背後から熱風が吹いた。
「そうはいかないよ、店長さん」
シファンだ。熱の発生に特化した爆発を起こし、金の融点を超える熱を発生させた。当然、周辺を固めていた空気の固体は融解する。
ルプリは『金の牢獄』を破られたことで、慌てる素振りを見せる。
「ちょっとまった! 落ち着いて! えっ、どうしたら……!」
なーんてね。ルプリの次の策は既に実行段階にあった。
シファンと自身との間にある地面の融点を金相当に変換。辺りの高温でたちまち融解し、地面は底なしの沼地と化す。
さあ踏み込め、踏み込め……。
踏み込んだ!
「もう買ったものだし、返品するつもりはないんだー。ただね、間違った商売してるんだったら、それはよくないよ。気づいてないとでも思う?」
「それって、それ、な、なっ……!!」
ダブルミーニングの問いかけ。
シファンは自身や周囲の人物のほかに、地面をも『魔法防御』で守っていた。熱は無害化。地面が沼になることはない。
ルプリは残された策を模索する。空気の硬度を金相当に変換しても、風に飛んでいくのだから意味がない。空気の重さを金相当に変換すると、今度は雪崩の要領で重い空気が広がり、自身をも巻き込むだろう。
打つ手なし。
「わ……私が間違ってましたーっ!!」
謝罪は早いほうがいい。商売で学んだことだった。
ルプリの雑貨屋、これにて陥落。
ルシャスハイツ、玄関口にて。
「ってことでね、ルシャスさんに伝えとこうと思って」
「いやー、あの雑貨屋さんがまさかそんなところだったとは」
シファンはルシャスに今日の事件の真相を伝えた。
ルプリはあれから心を入れ換えたようで、「商売では、本当に商品を必要としている人に対して背中を押す目的でのみ『錬金能力』を使う」と誓ってくれた。
「でも、あの寡黙なミラニカにいきなり『やってんな?』とまで言わせるなんてね」
「ミラニカくん働き者だから、やっぱりそういうのは人一倍……」
「……呼んだ?」
「うわっ、びっくりしたあ」
歩きながら内職作業をしていたミラニカが、ちょうど通りかかった。
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