第25話 (声への)酔狂は止めだ。


「・・・何かのマネ、とか?」


 と、正直に俺は聞いた。

 するとあくるんは、予想以上に恥ずかしさを感じたのか、みるみるうちに顔が赤くなっていく。『ゆでダコ』あくるんとでも名付けておこうか。


「ち、違う!違うから!私、別に好きなアニメの台詞を言っちゃうとか、マジないしー!」


「よーく分かったよ。あくるんは2次元も好きなんだって」


「いいから!早く本を出す!」


「だからどうやって?――って聞いたばっかりですけど?そしたら『ぬるい』って一蹴されちゃったからなぁー」


 棒読みで俺は答える。いい流れだ。順調に俺のペースへと移行しつつあるぞ。一応、誰かとやり取りする時には俺にも得意な展開ってのがあってだな。

 あくるん。自分で自分の首を締めてませんか?


「・・・これから説明しまー・・・す」


 どうやら俺の方に分配が上がったみたいだ。今のあくるんの状態を敢えて例えるならば、叱られた犬といったところ。

 何なら頭をよしよししてやろうか。でも、さすがにそこまでエスカレートするほどヤバイやつではないが。

 観念したあくるんは続ける。


「本に限らずだけど、基本的には何でも呼び寄せるだけで事足りちゃうのが、仮想現実最大のメリット」


 やっぱりそうなんだ。想像していた通り『便利』が根底の世界なのだろう。


「試しにやってみてくれる?」


「おやすい御用で。『太宰治の人間失格を持ってきて』」


 と、あくるんが言ったそばから『人間失格』はあっという間に彼女の手中におさめられていた。


「はやっ」


「これだけ。説明するまでもないでしょ?」


 確かに。複雑要素は一切ない。見様見真似で、俺もやってみたら――フツーにできた。いかにもって感じ。晴れて(?)仮想現実デビュー達成だ。


「これでお互い、ようやく準備オッケーだね。いくよ?」


「う、うん」


 急いで文庫本の1ページ目を開く。


「『はしがき――私は、その男の写真を三葉、見たことがある――』」


「——っはぁー・・・」


「なに。変な声出して。調子狂うじゃん」


「いや。アイドル歌手はやっぱり朗読も超が付くくらい一流だな、と思って。すっと耳に入ってくる」


「おだてても、なんにも出ないよ!さっ、私の番は終わり!次、田島君!」


「・・・はーい」


 見開き5ページくらいで交代って話だったのに、早くもそれが崩れたぞ。永遠に聞いていたいのに。


 第三者の立場から見たらまるで夫婦喧嘩じみたやりとりをしながら、俺とあくるんは一枚一枚ページを繰っていった。実際に声に出して読んでいくうちに、徐々に熱が入ってきて、気づけば『第一の手記』は読み終わっていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る