第24話 (今回ばかりは)大満足。
「ごめん。どうやって入るんだっけ?」
基本の『き』の字を忘れたも同然だ。言い訳に聞こえるかもしれないけど、前回は堀木先生に言われるがままだったからなぁ。
「もー!田島君ってばー!忘れるの早すぎー!」
と、あくるんは頬を膨らませる。
「いーい?ゴーグルをかけたらまずは・・・」
「こう?――あっ。入れた」
振り返れば仮想現実に来たのは、これで3回目か。さすがにもう驚きはしない。
壁を一枚隔てた世界に身を置いたとしても、俺は動じなくなったのだ!――と豪語したいところだけど、自分を卑下したり誇らしげにしたりで、お前そろそろいいかげんにしろよと叩かれそうなので止めておきます、はい。
「私と田島君の共同戦線!今日は記念すべき第一回目ということで、手始めにこれから取り組んでいきたいと思いまーす!」
気づけば目の前にいたあくるんが、意気揚々と告げる。晴れて迎えた初回。確かに、何をやるにせよ出だしは肝心だ。ドジな部分は極力さらさぬよう、尽力しなくては。
「なにをするの?」
「そんなの、きまってるじゃない?分かってるくせに。読み合わせ、だよ。読み合わせ」
「太宰の作品を、だよね?――いてっ」
不意に額にデコピンをくらった。細い指先なのに意外とその威力は強烈だった。じんじん鋭く痛む。
「とぼけるのは私の前では、き・ん・し、ね?」
「う、ごめんなさい」
「うむ。よろしい」
もし幼なじみがいたら、今みたいな感じのやり取りになるのかなぁ。それくらい親近感あって、刺激的だった。が、もちろん女の子の幼なじみとは無縁の俺にとっては、遠くかけ離れた領域です。
「どれから攻める感じで?」
「ここは田島君に譲って『人間失格』にしてあげよう」
「ははぁ。あくるんには頭が上がりません」
「そうだ。感謝したまえ」
ものは試しにと思い、ひれ伏す態度でふざけてみたが、意外と波長は合わせてくれた。
まっ、ふざけたとは言ったものの、半分、いや3分の2?は本気ですよ?
「だいたい見開き5ページくらい読んだら交代でいーい?」
「いいけど、手元に肝心な本がないんだけど――」
「ぬるい!」
「へっ?」
「ぬるい!ぬるいよ!田島君!」
感じたままの、素直な質問をしたはずだったのに、なぜか一喝された。
推しについていくのは、楽な道のりじゃないぜ・・・。でもこれが!これこそが!あくるんに選ばれた人間である俺の絶対使命だし?
あと、あくるんは俺にまっすぐな人差し指をビシッと向けた状態で言い放ったのだけれど、あれはおそらく何かのキャラのモノマネだと思う。
太宰の作中では、ぬるいなんて台詞が出てきた記憶はないから、アニメとか?考えられるのはせいぜいそのあたり。
トップアイドルにおいても、ついついマネしたくなっちゃうほど、他のものに影響されたりするもんなんですねぇ。
ちなみに俺は、たとえマネであろうと、カワイさの極みを満喫できたから大満足だ。
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