第16話 『セッカチピンチャン』のようには・・・
俺は放心状態になっていた。姉だと思っていい——つまりは弟同然として扱ってくれるってこと。あくるんの人物像には、一切の裏表がなかった!見たまんまだった!嬉しい。嬉し過ぎる。
その嬉しさのあまり、あくるんの弟あくるんの弟あくるんの弟・・・と、何度も心の中で唱えた。ちょっとヤバいやつっぽいけど、理解してほしい。
おかげで(?)口角が上がるのを防ぐのにも必死だ。ここで変顔をしてしまったら、またしても俺は地獄の業火にさらされる。
「あくるん、いや、阿久津さんに聞きたいことが」
妄想は一旦、
早いとこ正気に戻らないとね。さもないと話が一向に進まなくなるから。
「ここ仮想現実ではあくるん呼びでいいよ。逆に普通の現実世界にいる時は、阿久津さんで。これ、ふたりだけの約束ね」
あくるんは口元に人差し指をあてて『しーっ』という仕草をする。
「で?聞きたいことって?」
「もしかして・・・あくるんも、好きだったりする?太宰治の作品」
「えっ!やだ!田島君、どうして分かったの!?」
「さっきの台詞、聞き覚えあるなぁ、と。だって俺も太宰治の本は全部読破してるし、何回も読み直してるからね」
好きなものに語るとなれば、人は一変して饒舌になる。特に『影』や『陰』の印象が強い者ならなおさらその傾向が強くなりがちだ。
俗に言う、オタク。ご多分に漏れず、オタク。
もういっそ潔く認めるけど。
「見抜かれちゃったかぁ。うわー。やられたぁー。今まで誰にも話したことなかったのにー」
どうやら知られたくない事実だったらしい。とはいえ楽しそうでもある。口調で分かった。
「でもちょっと意外だな。アイドルやってる人って、毎日レッスンとかで何かと忙しいイメージがあったから。基本時間に追われてる、みたいな」
偏見かもしれないけど、俺が抱いているアイドル像はそんな感じ。
実際、あくるんをはじめとしたアイドルをテレビで見ていると、よく思う。ステージで歌って踊れるようになるには、並大抵の頑張りじゃ通用しないんだなぁって。
「だから自分の口からは言わないようにしてるんだ。今、田島君が言ったアイドル像と、私たちが本来持ってる性格にギャップを感じてしまう人も中にはいるからね。それが嫌だーって」
あくるんの表情が一瞬、曇った気がした。
ファンが求める理想を追求するのはアイドルの使命とも言われる。が、少なくとも俺は皆がみんな、個性を出しながらも輝ければいいと思っている。ちょっと偉そうな言い方だけどさ。
決して周囲の評判に惑わされてなるものか。
そこは俺の譲れないポイント。一途でいたい。
『セッカチピンチャン』のように、箱から飛び出したりする愚かな行為には走りません。
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