第15話 本当の姉だと思っていいわ。
「阿久津さん、ごめんなさい」
まず俺は一言謝った。
「え⁉なになに突然⁉」
「阿久津さんがわざわざ俺を誘ってくれたのは本当に、心から嬉しいんだけど、きっと誰かと勘違いしてる。俺——絵描くの壊滅的だよ?仮想現実の力を借りてであってもカバーできないくらいに終わってる」
絵が苦手なのは紛れもない事実。堀木先生に勧誘された時だって腹が立つことはあったけど、嬉しくなかったわけじゃない。
が、状況は一変した。一周ぐるっと。相手はあくるん。推し。推しにカッコ悪い姿をさらすなんて、さらさらごめんだ。だったら最初から何もなかったことにしてほしいし、あくるんの困った顔も見たくない。
「ううん、勘違いなんてしてない。私は田島君を誘ったの。田島君がいいの」
懇願するあくるんの眼差しを感じた。声と同様に瞳も透き通っていて、じっと見つめ続けていたら引き込まれそうなほどだ。
「・・・本気で言ってるの?」
もともと、あくるんはとても素直で真っ直ぐな性格だ。時に真面目に時にお茶目に、といった調子で多くのファンに認知されている。だから嘘はついてないはず。
「うん」
「——・・・」
ありがとうと、言いたいのだけれど肝心なところで声がかすれてしまう。
嬉しさからきた感情からなのか、二の句が継げない。俺が黙りこくっていたせいで、しばしの間、沈黙が訪れる。うっ、若干気まずい・・・
「分かったよ、田島君。じゃあ、これを聴いてくれる?本気かそうでないかを判断するのはそのあとで全然いいから」
あくるんは、ふぅーっと胸に手をあてて深呼吸をする。やがてぱっと顔を上げ、とびきりの笑顔になって歌い、キレキレのダンスで踊り始めた。
それは——あくるんが歌う曲の中で俺が最も好きな歌であり、彼女がセンターとなって歌っている曲でもあった。動画で、繰り返し何十回と再生したことか。歌詞やダンスの振り付けや細かい仕草まで全て記憶している。
体が勝手にうずうずしてきた。振り付けを真似てつい踊り出しそうになってしまうのは、いわば副作用みたいなものだ。
今、この瞬間、あくるんは俺のためだけにアイドルをしてくれている。
ひょっとして幻想?——ではないよな。
カルモチン飲んで幻想見てた?——現代においてまずあり得ない。
——やば。生きて手よかったわ、俺。
感動で涙腺は崩壊寸前だったけど、ぐっとこらえた。女の子前にして男がめそめそしてたらみっともないし。
歌い終わったあくるんは、はぁはぁと肩で息をしながら最後にこう言った。
「私を本当の姉だと思ってくれていいわ」
・・・あっ。ここでも?
人間失格の大庭葉蔵と関係をもった『ツネ子』の放った台詞。
本当の姉かぁ。
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