第10話 お前はきっといい絵描きになる
「絵を描くって・・・その、どういうことですか?」
声を絞り出して俺は聞いた。
堀木先生には俺に言えない魂胆があるんだ。そうに違いない。
じゃなかったら、みじめな俺なんかに声をかけてこないだろう。
「言葉通りの意味だ。美術部に入ってみるのはどうかと誘っている。特別深い意味はないぞ」
だから先生、理由を知りたいんだって!!
「先生、どうして俺なんですか?俺は別に上手く絵が描けるわけじゃありませんし、描くことを趣味にしているわけでもありません」
「いや違う、田島。よく聞け。これはあくまで俺の推測ではあるが――お前はきっといい絵描きになる。」
「いい絵描き、に?」
聞き覚えのある台詞だ。
先生自身ももしや、熱心な太宰ファンだったりして・・・『人間失格』の登場人物と全く同じ台詞を口にするほどなのだから。
となると、俺はやっぱり大庭葉蔵か?
「そうだ」
堀木先生は、うんうんと腕を組みながら頷いている。
「一度騙されたと思って、美術室を覗きに来てみるといい。きっと自ずと絵を描きたい気持ちが芽生えてくるはずだ。このあとの時間は大丈夫だろう?」
「もし断ったら?」
「もちろん無理にとは言わないが・・・ただこのままでいくとお前は周りから隠れてばかりの高校三年間を送ることになる。確実にな」
隠れてばかりの高校三年間。
その言葉は、鋭い矢となって俺の心に突き刺さった。
嫌です――否定すべきなのに、なぜか言えない。
さらに堀木先生はこちらを全て見透かしたかのような眼光を向けてきた。
言葉を失った俺に、堀木先生は続ける。
「いいかー、田島。隠れる、つまり目立たない。すなわち日陰者のレッテルを常に貼られた状態で過ごすって意味だ。そんなの辛いし、みじめだろ?」
なんなんだ。勧誘だろ?いつの間にか説経くらってるみたいになってるし。
しかもここは職員室。他の先生たちの視線が痛い。
こんなの公開処刑だ!
「先生、行きます。案内してください」
気づけば俺はそう言っていた。
もうどうにでもなれ・・・半分は意地であり、半分はやけくそでもあった。
「よく言った」
堀木先生は待ちわびていたのだろう。即答だった。続けて「じゃあ早速行くかー」と、重そうな腰を上げて椅子から立ち上がる。
独特な間延びした話し方は、やっぱり最後まで健在だった。
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