第9話 幸も不幸もありません。
逃げるように教室を後にし、言われた通り職員室に向かった。
そぅっと扉を開けて堀木先生の机を目指す。先生はそのボサボサ頭をくしゃくしゃとかきむしりながら、何が考えごとでもしているのか、難しい顔を浮かべていた。
呼ばれたのは確かだけど、邪魔するのもよくないよなと思い、俺は小さく控えめな声で話しかけた。
「あのー・・・堀木先生・・・」
「おー田島か。悪いな。急に呼び出したりして」
「あっ、いえ・・・」
「おいおい。まだ何も話してないのに、そんな悲観そうな顔するなよ」
「えっ、だって朝の自己紹介のことに関してじゃ・・・」
「あれかー。俺は特別気にしてないぞー。この学校に就いて色んな生徒見てきたけど、田島みたいに一風変わった自己紹介するやつも、過去にはいた」
「それはやっぱり、太宰治絡みの――ですか?」
「まぁそうだな。お前も分かっている通り、ここが三鷹だからだろう。実際、駅からちょっと歩けばゆかりの地は随所に見られる。要は影響を受けずにはいられないんだな」
「先生の言う、その過去に太宰絡みの自己紹介をしたって人は、クラスからどんな反応をされてました?思い出せる範囲でいいので教えてほしいです」
俺と似たような考えを持って行った行動ならば、余計にその後が気になったからだ。
うまくはまって、輪に馴染めたのか。
あるいは、大ゴケする羽目になったか。
「どんな反応、か・・・うーん、そうだな・・・強いて言うなら、分かるやつには分かるけど、分からんやつにはとことん分からん、といったところか」
当たり前だって、先生・・・
と、言いたかったけど口は閉ざしておく。もとより、先生の答えには正直期待薄だったから。
「さて。話は逸れたが、そろそろ本題に入ってもいいか?こう見えて、俺を全く暇ってわけじゃないんだ」
「何でしょう?」
「田島はたしか、どこの部活にも所属してなかったよな?」
「入ってませんけど・・・それが何か?」
「単刀直入に言う。俺が顧問を務めている美術部で、絵を描かないか?」
堀木先生はそう提案してきた。まさか部活の勧誘が目的だったとは。身構えていたから、ちょっと拍子抜けしちゃったじゃないか。
いや待てよ。ひょっとしたら。
頭の中で嫌な考えが浮かんだ。
先生はみじめになった俺に気を使ってくれて、わざわざこうやって美術部に誘ってくれたのでは?
つまり俺のみじめさを、先生が直々に認めた?
もしその予想が当たっていたとすれば――
俺には、幸も不幸もなくなる。
しかし、ただ一さいは過ぎていくんだよなぁ。
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