第8話 わざとだよね?


 そのまますごすごと教卓を離れ、引き下がる。

 多分、ひどく憔悴しきった顔をしてるんだろうな、俺。


 自分の席がやけに遠く感じる。

 足に力も入らなかった。


 なんていうか――もう、『廃人』に成り果ててるよな・・・


 やっとの思いで椅子に座る。堀木先生は、俺の心配をする気配など一切見せずに「じゃあ次のやつ―」と、さらっと受け流そうとすらしている始末。


 無気力に背中を椅子の背もたれに預けていたら、後ろの席でひそひそ話し合う女子の声が聞こえてきた。

 いったい何の話をしているのか。俺は密かに聞き耳を立てる。というか、嫌でも聞こえてしまうのだ。


『ねぇ?さっきのさぁ、絶対だよね?』

『え―?そう?』

『絶対そうだって!』

『かなぁ?もし仮にわざとだとしたら・・・ねぇ?』

『恥っず』

『止めなって。聞こえちゃうから』


 彼女たちにとっては、あふれそうな笑いを必死におさえているのつもりなのだろう。しかし実際はだだ漏れ。

 クスクスと、人をひけらかす嘲笑。俺は見下されている。



 わぁっ!と叫びそうになった。

 発狂しそうになった。

 一瞬にして地獄の業火――いや、とてつもない不安感と恐怖に襲われた。



 こんな時、親しい友人のひとりでもいれば多少はごまかせる部分もあったのかもなぁ・・・『いやーごめんごめん!派手にスベったわー!』的な感じで。


 事前にあれだけフォローを頼んでおいた歩も、蓋を開けてみれば別のクラスになっている。


 ――俺は完全に孤立してしまったんだ・・・


 恐るべき、最悪な事態に陥った。


 1分1秒が長く、しかもそれらが自分の身に重くのしかかってくる。

 前方に立てかけてある時計に、しょっちゅう視線を送っては時間を気にしていた。


 早くここから逃げ出したいという衝動が、心の全てを支配している。


 自虐ネタ満載自己紹介をクラスの前で披露する度胸なんてあるのか?――歩に言われた忠告が脳裏に蘇った。


 あぁこんなことなら!


 素直にあの言葉を受け入れていればよかったのだ!


 何が『気の毒だが正義のためだ!』だよ!

 うまくいく保証なんて、どこにもなかったじゃないか!


 後悔に後悔を重ね続け、自分が何者か分からなくなってきたところで、ようやくチャイムが鳴り響いた。


 でも俺にとってその音は、人生終了を告げるものに聞こえてならなかった。



「おーい聞こえてるかー田島ぁ。お前だぞー」


 最後に堀木先生が独特の間延びした声で、突然俺を呼んできた。

 廃人になった俺に何の用事があるっていうんだ。


「放課後、職員室まで来ることー」


「――はい・・・」


 低い声で俺はのろのろとした返事をした。

 声を振り絞るだけで精一杯だった。

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