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 祭が始まった。会場となる広場には、村の規模からは考えられないほどの人がいる。ハヅ自体は神殿の管理が主体のためそんなに住人は多くない。そのため、外へ出る人は沢山いるらしいが、祭のタイミングで帰省する人も多いらしい。


 僕たちは長老さん一家に広場まで連れられてきた。旅人だと伝えられ、周りの人に軽く挨拶をした後は自由行動だ。僕たち三人と一羽は連れ立って辺りを見回していた。


 広間の真ん中にある、ヒカリ草で飾られた舞台はぼんやりと光っていて、昼間の今でもとてもきれいだった。


 太鼓や笛の音が聞こえる。弦楽器の音も聞こえてきた。聴いたこともない不思議な調べで、明るい曲調のはずなのに、何だかもの悲しくなってきた。周りのハヅの人はそんなこと考えてないみたいだけど。


「曲は同じじゃけど、楽器の形は変わるもんなんじゃな」


 興味深そうにギターを見つめているトリオに、マチルダさんがチャチをいれる。


「え、あんた楽器詳しいの?」

「まあ、必要があって、あれに似た弦楽器と笛はできる。この曲も昔教えてもらったから弾けるぞ」


 珍しく、胸を張ってちょっと自慢げなトリオだ。


「えー、音楽なんていがーい。教養なさそうな羽の色してるのに」

「教養ある色ってなんじゃ!」

「えー、黒とか?」


 口喧嘩もお祭りの音楽に混じっていく。

 この村のこのお祭りはずっと伝えられてきたもので、この曲もそうなのかもしれない。二百年以上前から。

 アリアは思った通り、ピンク色の祭の衣装がとても似合っていた。ふわふわした軽い生地が精霊みたいで可愛い。長い金髪を上でくるりと結んでいて可愛い。うなじが可愛い。


 この晴れ姿はマチルダさんの作品だ。道中、僕でも気付く程度に髪を結ぶのが苦手そうなアリアだけど、温泉から離れに戻った後、マチルダさんは「アリアちゃん可愛い!」と色々髪型をかえさせられたり、衣装の着方に手を加えられていた。


 髪型に手を加えられることについて、面倒臭そうな時もあるアリアも、今回は頬をピンク色にして楽しそうに話していた。この二人はとても仲が良い。


 祭り会場に着いた直後も、二人は楽しそうに飾りを指さしたり、ハヅの人と話していた。マチルダさんの初対面でもぐいぐいいける性格は尊敬できる。

 確認したところ、テーブルに置いてある料理は食べても良いらしい。僕達はお相伴に預からせてもらうことにした。


 黄緑色の鶏のからあげもあった。サクッとしていて、美味しい。脂も甘くて美味しい。


「今舞台に登っていったのがニルレン役なんだってさ。もうちょっとしたら、トリオルース役も出るとか」


 おかずで山盛りの皿を持ちながら、アリアは舞台を示す。「若い子は沢山食べなさい」と、黄緑色の鶏のからあげをマチルダさんに山ほど渡されて食べていた僕は示された方向を見る。


 舞台の上には、僕やアリアよりもいくつか年上の、遠目に見ても美人オーラを出しているお姉さんが立っていた。ふんわりとした薄い布を何枚も重ねて作られたローブと亜麻色の髪が、ヒカリ草に照らされてキラキラと光っていた。


 僕は温泉でトリオが言っていた『ニルレンはローブは好きじゃない』という話をちょっと思い出した。とはいえ、これは劇だ。やっぱりこういうものの雰囲気は大切だ。


 そう思っている内に、トリオルース役が現れた。こちらも同じ亜麻色の髪だ。マントを付け、凛々しく立つその姿は舞台用の贋物の剣を振り回していると分かっていても、かなり格好良かった。


 規模が小さい村の割に、遠めでも分かる程度には主役二人の顔がいい。ウヅキ村の方が規模は圧倒的に大きいけど、僕の同世代でこのくらい顔がいいのはエイナくらいな気がする。ちょっと上だと、ルシード先輩か。先輩は僕らのようなやぼったい集団の中でちょっとないくらいの輝かんばかりの美男子だった。


 僕は故郷の美男美女の幼なじみカップルへ思いを馳せる。うん、もう関わりたくもないし、お幸せに。

 トリオは首をひねっている。


「うーん、ワシの方がもっと凛々しくないか? ニルレンはもっと美人じゃし」


 この鳥、自身の能力については基本的に「大したことない」「ニルレンが」と遠慮がちなのだが、容姿についてだけはそう言わない。今の姿じゃ想像つかないんだけど、よっぽど自信があるのだろう。

 マチルダさんはニヤニヤとトリオに話しかける。


「えー、じゃあ私ももっと美人なのね。下品な黄緑色の鳥に褒められるのもなんだけど、きゃっ、照れるわー」

「うるさい! くそっ腹立つわ!」


 トリオとマチルダさんがじゃれあっているのは、とりあえず無視することにして。

 マチルダさんもまあ割ときれいな方だとは思うけど、ニルレン役の人より美人かどうかは好みの問題な気がする。性格は知らないので顔面についてだけ言うなら、はっきり言って、僕はニルレン役の人の方が好みだ。


 元々なのか、ニルレンと恋仲になったからなのかは知らないけど、トリオにとってマチルダさんの顔は物凄く好ましいようだ。


 マチルダさんがニルレン役の人より美人だと感じていることについては全く否定していない。

 それに気付いて僕は少し笑ってしまい、トリオにはたかれた。 


 さっきからもぐもぐとやっているが、アリアとマチルダさんは他のおかずも食べたいらしい、皿を片手に他のテーブルへ行った。トリオも何だかんだ言いながら、そちらへ飛んで行く。


 僕は配ってたジュースを飲みながら、舞台をそのまま見ていた。追うのが面倒だったし、ここには僕の好きな食べ物が沢山ある。何よりもここは舞台が見えやすいんだ。


 うん。凄く上手いわけでもないけど、決して下手ではない。少なくとも練習はいっぱいしていそうなので安心して見ていられる。


 首都に比較的気軽に観光できる立地出身のため、親に舞台に連れて行ってもらったことは何回かある。それこそニルレンの英雄譚も。それしか知識はないけど、まあ、そういうのと比べると上手いわけではないのは、そりゃ当然だ。


 首都の劇団は多分国で一番だし。

 そんな感じで何となく舞台を見ていたら、ふと、背筋が冷えた。僕は背すじを丸める。


「……旅人さん、祭は楽しいかな?」


 後ろから通りの良い声がした。皿を近くのテーブルに置き、こめかみを押さえながら僕は振り返る。

 僕の背後には、薄い色のローブを着て杖を持った、僕よりもかなり背の高いおじいさんがいた。真っ白なヒゲの長さもかなりのものだった。

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